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「本を書きたい」人が読むブログ
「本を書きたい!」「本を出版するには?」と思っても、何からはじめたらいいか、わからないことがワカラナイ――という方も多いでしょう。当コーナーでは、小説を書くうえでのポイントや、読み応えのあるエッセイの文章構成、評価される詩の共通点などを、具体的な事例とともに解説。
本になる前の原稿を数多く読んできた文芸社ならではの視点で、あなたの一文が作品に生まれ変わるまでのお手伝いをいたします。

「詩集の本を出版したい」なら覚えておきたい基本

2016年04月25日 【詩を書く】

脱・ありがちな詩的表現

「あなた、詩人みたい……」なんて女性に呟いてもらい、悦に入ることを目的とする自称文士ならそれでいいのですが、「いつかは自分の詩集を出版したい!」と強く願っている詩人であれば、口説き文句のコピーライティングを超えた領域を知っておく必要があります。

詩作において「感性」とは必要不可欠な要素に違いないはずですが、いつもそこに頼るばかりでは、人というのは案外単純なもので、ワンパターンなフレーズを気づかぬうちに毎度毎度使ってしまったりするものです。商業的な目的でフレーズを作成しているならそれでもいいかもしれません。でも、自分自身の分身として「詩」を生み出そうとするならば少し淋しいですね。こうしたありがちな詩的表現の枠から脱するためには、感性をもって創作する代表格「詩」といえど、技術論がきっと役に立つはずです。

「一語」がもつ重力を変える

同じ言葉でも、その使い方によってインパクトが変わることは、この記事を読まれている方なら何となくおわかりいただけるでしょう。究極の詩作とは、ある意味このインパクトを最大化する挑戦ともいえ、一語一語がもつ重力をひたすらに意識した字句の選択が必須です。「感性」や「感情」をストレートに他者に届ける詩と、自分自身の心理を含め「状況」や「考え」を伝えるために書かれる文章(散文)との違いは、この点に尽きるといえるのかもしれません。

次の例文を読んでみてください。

午前中、田舎の母からダンボールにいっぱいのリンゴが届いた。うれしかった。ぼくの狭い部屋はリンゴで埋め尽くされたみたいになった。リンゴはきれいな赤色で、つやがあって、甘い香りが部屋に充満した。そのなかのひとつをとって、皮のままかじりついてみると、甘さが口いっぱいに広がったあと、少しの酸っぱさを残した。
ダンボール箱には故郷の味と母の愛情がいっぱいつまっていた。母親と電話で話をしたのはもう一年も前だ。東京の友人は数少ないけれど、だからといって、田舎の両親や友人と連絡をとるのはなんとなく気が引ける。たくさんのリンゴは、そんなぼくの強がりを見透かしているみたいだった。

この文章のなかにはいろいろな情報が盛り込まれています。それこそが散文の特色ともいえ、「ぼく」の現況と心理を充分に伝えてくれはします。ですが、より鋭利な印象を読み手に届けたいのだとすれば、文章を詩的に研いでいく必要がありそうです。

ダンボール箱を開けると
目に飛び込んできた鮮やかな赤
懐かしくてきれいな夕焼け

いっぱいのリンゴ いっぱいのリンゴ
ふるさとの光が集まった いっぱいのリンゴ

ひとつとって こすってみる
つやつやとしてかわいくて赤い
ひとつとって かいでみる
触れた鼻先がちょっと冷たい
ひとつとって かじってみる
甘くて、少しだけ酸っぱい

いっぱいのリンゴ いっぱいのリンゴ
寒々とした部屋に届いたいっぱいの愛

いっぱいのリンゴ いっぱいのリンゴ
四畳半にぽつねんと座る僕が切ない

小中学校で習った技術のおさらい

詩化した例文には、学校で教わるような基本的な詩の表現技法を盛り込んでみました。
まず冒頭に「鮮やかな赤」「きれいな夕焼け」と、文を名詞で終わらせる〈体言止め〉が使われています。あとに何か言葉がつづきそうなところを、あえて省略することで逆に余韻を発生させる手法です。

次に、「いっぱいのリンゴ」の〈反復〉による強調がなされています。〈反復〉は単純に繰り返すだけの意味ではなく、文章にリズム感をもたせ、さらにはそのリズム感が書き手の弾む心理を表現してくれます。

さらには、「赤い」「冷たい」「酸っぱい」「愛」「切ない」と、共通の母音「い」で終わる単語を繰り返し並べる〈押韻〉も使われています。これもまたリズムを整えると同時に、余韻を生むための技術です。

感性任せの詩作の「向こう側」に到達するために

誰もが小中学校時代に、一度は聞いたことのある詩の表現技法〈体言止め〉〈反復〉〈押韻〉だけでも、散文の読み心地から容易に別次元へと変えてくれることがわかりました。上記例文を、さらに異次元の高みにまで変容させようとするならば、当てずっぽうで「感性」に頼るより、さらに技術を注ぎ込むことを優先したほうが方法論としては賢明だと考えることもできます。その過程を経たうえで書き手独特の節まわしや変調を詩に加えたとき、その人にしか書けない「オリジナルの詩」がようやく生まれるのでしょう。

もしあなたが、自分の詩作の道で、ちょっとした壁にぶつかっているような気がしていたら、そこを越えるのに必要なのは、案外「感性」とは対極にあると思われる「技術」だったりするのかもしれません。

一篇の詩で身近な人を感動させることは比較的難しいことではありません。しかし、その人に自作の一〇〇篇を読んでもらってもなお、「感動した」と言ってもらうのは難しいものです。「詩集の本を出版する」ためには、そのハードルをも意識してひとつずつの詩に向き合うことが必要です。

※この記事は弊社運営の【気軽にSite 執筆・出版の応援ひろば】掲載の記事を再構成して作成しています。