小嵐九八郎の書評コーナー
西村京太郎の麗しき日本、愛しき風景
西村京太郎

ISBN:4-8355-8926-2
定価: 1,650円 (本体 1,500円)
おお、珍しい、西村京太郎先生の対談集というよりは
“語り”の一冊ではないか。

評者が“先生”と書くのは、三年半振りくらいである。
中学、高校時代から“先生”というのが好きになれず、
だから、心から畏怖する人を“先生”とは呼べなくなった。
更に、時代も災いして、
そのうち大学の学長か総長か知らないけれど、
小突き回して缶詰にして、
この思いこみは大きいものになった。
が、作家になる前頃から、
妻の重い鬱病を治してくれたドクターを
心から“先生”と呼べるようになり、
作家になって売れないまま良い作品を書けないままにくると、
ある何人かの先達を正直な気分で
“先生”と呼びたくなってきた。
京太郎先生は、その稀有な一人である。

自ら記し語るように京太郎先生は
「喋ることが、面倒くさい」のであり、
たった一度の講演を断った上に、厭々出かけ、
「十分しか」話さなかったのであるから、
この本は貴重である
(──なお、講演をしたのは税務署で、
 ウン億円と納税している京太郎先生だって
 やっぱり気を遣うのだろうと、評者は笑い転げてしまった。
 むろん、その後で、税務署には何の心配をしない
 おのれに悲しくなったけれど)。

こういう語りを引き出して、
多分、企画のエネルギー源でもあった、
トラベルキャスターの津田令子さんの功はかなり。
津田さんは、テレビやラジオで出演回数は千回以上、旅が暮らし。
ゆえに、評論家や作家などとは異なり、
京太郎先生との接点や心を掴え得たのだと思う。

ところで、評者は、なぜ京太郎先生を偉大と思うのか。

一つ。近代以降の小説家、とりわけ日本では、
ジュンブンガクという範疇があり、この人達と関係者は
権威に価値観と生き甲斐を見出す。
勲章が、従って、好きである。
京太郎先生は、うんと昔、一九六七年、
狙って『内閣総理大臣賞』を取り、
五百万円を貰うぐらいの実力は当たり前にある。
あの頃の大学の一年の学費が三万円か五万円かで
闘争が起きたぐらいだから、今なら五千万円ぐらいか。
また、今年三月には、
「日本ミステリー文学大賞」を押しつけられている。
しかし、京太郎先生の関心は、こんなところにはない。
読み手を、スケールとトリックとキャラクターで
いかに引きずりこむか、小説的興奮に巻きこむか、
読後の謎解きだけではない人間の淋しさ、切なさ、
正義感を残すかにある。
ここ、作家として、実に、頭が下がってしまう。

二つ。「もうけてなんぼのもの」が、資本主義における作家の、
実は、抗い難い真実である。
京太郎先生は、初期から中期にかけ、
話すこと聞くことが不自由な人のテーマ、
差別、スパイを含む国家の持つ恐ろしさなどを、
実に誠実に追い、ものしている。
もうけ、のみでないところに、
評者は書き手と読み手を繋ごうとする
普遍的な人間の真情を感じ、熱くなる。
それでも一番の稼ぎ作家。

その京太郎先生が作家になる前の辛酸、
なってからの喘ぎを淡々と語るこの珍しい本は、
ファン、編集者、
小説の危機を知らないノーテンキな純文学の人人は
切実に読むべきと考える。
 書評家プロフィール
小嵐九八郎
(こあらし・くはちろう)
作家・歌人
1944年秋田県能代市生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。通算で5年余り刑務所生活を送る。小説『刑務所ものがたり』(文藝春秋、吉川英治文学新人賞受賞)、『癒しがたき』(角川書店)他。エッセイ『蜂起には至らず』(講談社)など。歌集『叙事がらりや小唄』(短歌研究社)他。近著に、小説『ふぶけども』(小学館)とエッセイ『妻をみなおす』(ちくま新書)がある。
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