小嵐九八郎の書評コーナー
著者の北村賢志さんは一九七〇年生まれ、
近畿大学を卒業し、関西テックに勤務している。
そもそもこの本は
「同文書院の『非日常実用講座』シリーズの一冊として世に出る筈」
であったという。

うーむ、評者泣かせの、ジャンルが特定できない
というよりジャンルを大きく跨いで、新しい、かつ、
小説や漫画やアニメを徹底的に解剖して研究した書物である。
それも、それらの空想上の、あるいは創作上の
組織を特に分析しきっていて、これを
乗っ取ったり、牛耳ったり、反抗したり、解体したり
ということを追求しているのである。

著者の取り上げた十二の小説、漫画、アニメの中で、
評者が読んだり見たりしたのは
小説の『水滸伝』『少年探偵団』と
劇画の『アストロ球団』『ワイルド7』の四つのみ。
しかし、その四つの解剖、分析だけでも、正直にいって、呻く。
読みが正確なのである。

この読みの正確さが、大名作、流行アニメの
欠陥、抜け穴、不明な点を明白にする。
明白にするだけでなく、それをとりわけ組織という点に注目し、
そこでの読み手の介入と活躍に繋げ、応用するところが、
作者である北村賢志さんの凄い点であろう。

世界史上の最高の戯曲といわれている
ソポクレスの『オイディプス王』も、
欠陥というか、不明というか、有り得ぬ設定を持っている。
オイディプス王が、母であり妻である后に、
自らの出自や過去を語らぬはずはなかったであろうに、
この点を戯曲上では不問にしている。
多分、名作中の名作というのは
こういう失陥みたいなものを持つのである。
そういえばミロのヴィーナスも両腕を欠落している。

北村賢志さんの凄さは、
この“弱さ”“欠陥”“不明”のところを逆手に取り、
生かした点にある。
なかなかできない技量である。
普通は、読み手、受け手は名作の術に嵌まり、
感情移入をしてしまうから、見逃す。

評者も小説や短歌だけでは食えず、漫画原作を
秋田書店の『プレイコミック』などで細々と書いている。
そして、やはり、著者の登場人物のキャラクターの解析など、
実に、実に、目を見張り、勉強となるのである。
例えば、江戸川乱歩作の『少年探偵団』の
名探偵・明智小五郎の裏の面など、
人物像を引っくり返すほどに作者は冷静に見つめている。
何より、十二の創作品に対して
「勤務地」「危険度」「給与」「休暇」などの一覧表を記していて、
こりゃ、もう、頭を垂れてしまうのである。

読み終わって半日ぐらいたつと、ふと、
谷崎潤一郎の名作『痴人の愛』を思い出す──谷潤は、
戦争が起きようと、国家のモラルが隅々までゆき届こうが
“愚か者”としての美学を、追い求めた。
この本についても、フィクションの創作物へ、
心理学、商業学、科学の全てを使って空想を語り尽くし、
こうなんていうか、無駄の美学を追いに追っている。
なにか人間の不思議さとか、文化のスケールの大きさを
逆に照らすようになっているのである。
 書評家プロフィール
小嵐九八郎
(こあらし・くはちろう)
作家・歌人
1944年秋田県能代市生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒業。通算で5年余り刑務所生活を送る。小説『刑務所ものがたり』(文藝春秋、吉川英治文学新人賞受賞)、『癒しがたき』(角川書店)他。エッセイ『蜂起には至らず』(講談社)など。歌集『叙事がらりや小唄』(短歌研究社)他。近著に、小説『ふぶけども』(小学館)とエッセイ『妻をみなおす』(ちくま新書)がある。
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