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日本国内の高齢者人口比率が右肩上がりに上昇しつづけるなか、老老介護と並んで大きな問題となっているのが認知症患者の介護です。といっても、このふたつは似て非なるものではあります。介護と無縁の方からすると、何が違うのか区別もつかないことでしょう。老老介護が超高齢社会特有の問題として浮上してきているのに対して、認知症は、子に、孫に、さらに介護者にと関係者の範囲を広げ、それを病とする意識が一般に浸透していないころから実はずっと存在しつづけてきた問題なのです。いまでこそ関連書籍は数知れぬほどありますが、半世紀ほど前には、書店でも、各種メディアでも、ほとんど目にすることのないテーマでした。
けれど、皆が知らないからといっても問題が歴然と存在していたのは述べたとおりで、その重大さの度合いが現代より低かったわけでもありません。それどころか、社会的認知も福祉支援も行き渡っていない時代ですから、当事者の身体的・物質的負担も、孤立無援の意識も、現代とは比較にならないレベルで深刻であったことでしょう。そのような、認知症患者や介護者にとっては真に受難の時代──認知症無理解時代──に、認知症を真正面からテーマに据え、たちまち大ベストセラーとなって、この問題への関心を一気に高めた小説がありました。仕事をもつ一家の主婦がただ独りで舅の介護を担った物語──それは、“老いの現実”を初めて世に知らしめるとともに、来たるべき高齢社会を早々に予言する小説でもありました。
真夜中に、獣の唸り声を聞いた気がして昭子は眼を覚した。最初はまだ自分が夢の中にいるのかと寝呆けていたが、声が階下で、茂造が悲鳴をあげ、戸を叩いているのだと悟ると、反射的に飛上り、階段を駈けおりて行った。
薄い明りをつけておいたので、茂造が庭に面した硝子戸に蜘蛛のようにはりついて震えているのが見えた。
「お爺ちゃん、どうしたんですか、お爺ちゃん、しっかりして下さい」
いまだかつてない非現実的な場面を目にした瞬間の、得体の知れない戦慄を伝える一文です。有吉佐和子の『恍惚の人』が発表されたのは1972年。当時、日本中で同様の症状を示す老人たちは、ほぼもれなく明治生まれであったでしょう。男性の平均寿命がようやく70歳を超えたころ、つまりいい換えれば、のちに認知症と呼ばれる病が初めて世に姿を現したかと思うや、同じ症状を示す高齢者がみるみる増えていった時期です。しかも、世人がそうと知らないうちに……、あたかも異星人が密かな侵略を進めるように……。
振り返れば、1972年とは、国が沸くレベルの話題がわけても多い一年でした。残留日本兵横井正一さんがグァム島で発見、札幌冬季オリンピック開催、連合赤軍によるあさま山荘事件勃発、川端康成の自殺、沖縄返還、第一次田中角栄内閣発足、初のパンダ・ランランとカンカン来日……と、まるで昭和の躍動を象徴する出来事がひしめき合うように起きたこの年、『恍惚の人』は194万部の大ベストセラーを記録しました。
冬のさなか薄着のまま死んだ婆さんを探しに行くとスタスタと外出してしまった父を慌てて追いかけた娘の回想──「死にもの狂いで追いついて、しがみついて、お父さん帰りましょう、昭子さんも心配しますよって大声でね。そうしたら狐が落ちたみたいに私を見て、足をとめたじゃないの。昭子さんが、って私をまじまじ見て、昭子さんがどうしましたって訊くのよ」と、患者は介護者である嫁・昭子だけを意識に留めています。「お父さん、私が誰だか分からないの。本当に分からないんですか。私はねえ、あなたの娘ですよ」「おかしな人ですねえ、あなたは」「私の娘は、あなたのような年寄りじゃありませんよ」という認知症患者の父と娘の会話は孫たちを笑わせますが、介護者にしてみれば到底笑える心境ではない──でしょうが、有吉佐和子はあえて、この場面に意図的なユーモアのエッセンスを加えています。彼女はこの「認知症」という病気を現在に至るまで他に例を見ないほどの鋭さ、深さをもって筆を揮った作家でした。が、そればかりではなく、祈りと慈愛をもこの作品に込めた──そんな気がします。
最後にあらためて考えたいのは、この作品に冠せられた「恍惚」という言葉です。「恍惚」という語は、いまでこそ老人の認知症的状態を表す言葉として用いられもしますが、それも本書が発端となってのこと。刊行当時は、いわゆる見惚れている様子の「心を何ごとかに奪われうっとりとしているさま」「頭が働かず意識がはっきりとしていないさま」という本来の意味しかもっていませんでした。また「恍惚」は、「うっとり」という形容が物語るように、ある種の心地よい感覚を含意しています。有吉は、この心地よいトランス状態を、認知症状を呈する患者に重ねて『恍惚の人』を描いたといえます。さらにこの意図は、単なる思惑という以上に、少なからぬ重大な意味が託されたものであったかもしれません。たとえばひとつには、呆け、耄碌などと見下げるような表現が用いられていた当時の老人性病を、より深く見つめさせる機会を一般に向けて提示したといえます。また、「恍惚」というある面純粋極まりない状態を、認知症と結びつけたい思いもあったかもしれません。畢竟、それもこれも、『恍惚の人』が初めてこの病気を考えたからこそ起こり得たことなのです。
ある命題を初めて扱う「処女境地」という語。一般的に「誰も足を踏み入れていない、まっさらな場所や領域」を意味しますが、それは言葉で時代を定義し、次代を照らし、後世に作品の存在意義を遺す「小説」を書かんと大志を抱く者にとって、見過ごすわけにはいかない興味深い境地のはずです。奇を衒うでもなく、重箱の隅をつつくでもなく、誰の目にも自明のことなのに誰も気づいていない“何か”を、自分の目と手で探し、己の筆で文芸作品へと昇華させようではありませんか。
※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。
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