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「人生とは自転車のようなものだ」と言ったのは、物理学者のアルバート・アインシュタイン。生きている限りはペダルを漕ぎつづけなければならないし、停まるとなればしっかりと地に足をつけなければならない、と。そして、車輪の進む道も延々平らなわけもなく、山あり谷あり、ときには巨石が転がっていたり、ときには予想できない飛来物に弾き飛ばされたり。なんにせよ、立ち止まっても転んでも、人は再び起き上がってペダルを漕ぎつづけなければならない──それが人生というものです。予測不能の事態は誰の人生にもつきものです。何の因果でこんな目に遭うのだと嘆息もすれば嫌気が差すこともあるでしょう。しかし、人として生き、そのうえでさらに作家になりたいと思うならば、その境遇を前に「人生」や「運命」といったテーマに何かしらの思索を巡らせねばならないでしょう。
人生に巻き起こる出来事が「偶然」か「必然」かという論争は、飲み屋各所で夜毎繰り広げられる身近なテーマです。たいがいはきれいに二派に分かれ、「偶然派」は人生とは偶然が積み重なって構成されるものと主張し、「必然派」は偶然などはない、この世のすべては必然で成り立っているのだと持論を譲りません。現実主義か理想主義かという点が根にありそうなこの問題、ほろ酔い心地であればなかなかに平和なやりとりに終止しますが、逆に素面(しらふ)でやると、哲学や宗教や歴史、運命論者やスピリチュアリストまで巻き込んで喧々諤々の議論にも発展しかねません。作家志望者たるもの、そこをドライに「そんなのどっちでもええ」と傍観者的態度を決め込むわけにはまいりません。とはいっても、思想家でも宗教家でもない身、うんうん唸ってどちらがこうと結論を導き出すことは難しいですし、そもそもそれでは論争に巻き込まれてしまうばかりです。では、小説家や作家に望まれる、「人生」あるいは「運命は偶然か必然か」という命題へのアプローチはどういったものになるのでしょうか? それを沈思黙考することによって、おのずと深遠な思索や創作テーマへと導かれることもありそうです。
「偶然性」は、ニーチェ、ショーペンハウアー、ハイデガーといった哲学者たちが眉間に皺寄せて考察した哲学的な命題ですが、それが「運命」を考えるうえで切り離せない要素であるからこそ、小説を書きたい、物書きになりたいと胸を膨らませる者は看過してはならないのです。各界の偉人たちもそれらへの洞察の言葉を遺しています。
運命の中に偶然はない。人間はある運命に出会う以前に、自分がそれを作っているのだ。
(第28代アメリカ合衆国大統領 - ウッドロウ・ウィルソン)
運命は偶然よりも必然である。〈運命は性格の中にある〉という言葉はけっして等閑(なおざり)に生まれたものではない。
(小説家 - 芥川龍之介 ルビは引用者による)
人間は毅然として現実の運命に耐えていくべきだ。そこには一切の真理が潜んでいる。
(画家 - フィンセント・ファン・ゴッホ)
芥川には「耐えよ。己に負けてはならぬ。」という言葉もあり、奇しくもゴッホとほぼ同義の言葉を遺しているわけですが、そんなふたりの結末もまた同じく破滅的です。それもまた人生であり運命なのでしょう。
さて、小説を書きたい人は、ひとたび重要なテーマに向き合ったならば、哲学的思索に疲れ果て昼寝して終わりというわけにはいきません。思索の道筋なり自分が得た答えなりを「作品」という形に留め昇華させるという、これまた難儀な作業に立ち向かわなければならないのです。では、先達は「運命」や「偶然」をどのように描いたのでしょうか。
永劫回帰という考えは秘密に包まれていて、ニーチェはその考えで、自分以外の哲学者を困惑させた。われわれがすでに一度経験したことが何もかももう一度繰り返され、そしてその繰り返しが際限なく繰り返されるであろうと考えるなんて!
クンデラの『存在の耐えられない軽さ』については、かつて当ブログでも一度取り上げましたが(『「キッチュ」──言葉を深掘りする作家の炯眼』)、同じ経験が永続的に繰り返されるというニーチェの「永劫回帰」思想への慨嘆からはじまるこの小説は、一見偶発的な出来事に翻弄される人間の運命を描いています。女好きの享楽主義者、生真面目で一途な田舎娘、自由奔放な画家、既婚の大学教授。4人の男女の恋愛関係が紡がれていくにはいきますが、クンデラが単なる恋愛小説を書こうはずがありません。冷戦下のチェコ、「プラハの春」と呼ばれた束の間の自由主義が実現した前後の時代を背景に、次々と襲い来る苦難の運命に踊らされながらもみずからの意思で生き、思いがけない死に見舞われた彼ら。その存在は、耐えがたいほどに軽く、また重いものでした。
国内に目を向けてみると、三島由紀夫にしては珍しいSFテイストの作品『美しい星』に、次のような一節があります。
「偶然という言葉は、人間が自分の無知を糊塗(こと)しようとして、もっともらしく見せかけるために作った言葉だよ。偶然とは、人間どもの理解をこえた高い必然が、ふだんは厚いマントに身を隠しているのに、ちらとその素肌の一部をのぞかせてしまった現象なのだ ・・・宗教家が神秘と呼び、科学者が偶然と呼ぶもの、そこにこそ真の必然が隠されているのだが、天はこれを人間どもに、いかにも取るに足らぬもののように見せかけるために、悪戯っぽい、不まじめな方法でちらつかせるにすぎない」
(三島由紀夫『美しい星』/新潮社/1967年 ルビは引用者による)
物語は、空飛ぶ円盤を見たことから「自分が宇宙人である」と自覚した一家・大杉家が世界を滅亡の危機から救うために奔走するというもの。同じように自分が宇宙人と信じ人類滅亡を目論む一派がいて激しい論争を繰り広げるのですが、やがて力尽きた大杉家は地球を去る決意をします。あとに残る人間たちの行く末を案じながら、それでも「何とかやっていくさ、人間は」と呟きながら。人間は不完全だから滅ぼすべきだと主張する宇宙人(と信じる人間)と、人間がその不完全さの内に生きることの絶望を包み込めたなら破滅は回避できるのだと反駁する宇宙人(と信じる人間)。両者の終わりなき論戦はまるで神と悪魔のそれのよう。偶然とは人智を超えた必然。そのことを理解しようにもできないのが人間なのだ──というメッセージは、シニカルな絶望感に包まれているようにも思えます。
ベートーヴェンのご存じ交響曲第5番、本稿のタイトルを見て『運命』という名で呼ばれるこの楽曲を思い起こされた方もいることでしょう。どうやらベートーヴェン自身が「運命」を意識してつくったわけでも命名したわけでもないようですが、何ゆえここまでその名が広く遍く浸透したかといえば、「運命」という得体の知れないものが扉を叩いて訪れるかのようなイントロからして、その名に相応しいからなのではないでしょうか。それはつまり、多くの人が「運命」とは突然に不躾に己の人生の扉を叩くものと知っている、ということなのかもしれません。「偶然」と「必然」、この二語のように示唆的で、奥深い問いを浮かび上がらせる対義語はなかなかありません。網の目のように張り巡らされた「偶然」と「必然」をまとうのが「運命」だとするなら、そんな「運命」に耐えながら人間が日々築き上げていくのが「人生」であるのか──そのことを考え物語として編んでいくのが、作家になりたい者の役目といえそうです。これまでも多くの小説家や作家、いえ音楽家や画家なども挑んできた偉大なテーマです。それでいて夜毎居酒屋で繰り広げられるほどにポピュラーであり、にも関わらず“いまさら”な既視感もない──とくれば、これはもう今日明日にでも取り組みはじめていいテーマといえるのではないでしょうか。ぜひ今夜、夜空を眺めながらご自身の来し方行く末に思いを馳せ、新作の執筆に向けた構想を練ってみてください。
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