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学術的な見識のないままに推測で申しあげますが、「希望」や「絶望」を人間と同じように、単なる感情ではなく高次に認知する動物はいないのではないでしょうか。もちろん動物も概念としては知らずとも、夕方あそこの公園に行けば餌が置いてあるだろうと期待、置いてなければ落胆する野良猫もいれば、狩人に追い詰められた鹿が、ライオンに我が子を奪われたシマウマが、絶望的状況を自覚することはもちろんあるでしょう。そうした局面では彼らもまた失望や絶望の声を上げます。生命を脅かす状況であればそれに向き合い、現実に抗い、必死に生きようともします。しかしそれは希望が潰えることへの絶望というより、純粋な「本能」としての叫びなのではないでしょうか。飛行機の墜落事故に遭った人間が凍てつく山中で、自分の到着を待つ家族を思い我が身を希望で鼓舞するというようなことは動物には考えられません。経済的困窮(動物でいうところの食糧的困窮)に見舞われたからといって、動物が絶望の果てに自死することは考えにくく、ただただ餓死するまで呻くだけなのではないでしょうか。
1994年公開といまから30年以上も前の映画でありながら、世界最大の映画データベースIMDb(Internet Movie Database)において、いまだに燦然たる第1位のレート9.3を維持している『ショーシャンクの空に』は誰もがご存じの名作です。スティーヴン・キングの中編小説が原作ですが、この映画には「希望は危険だ」という非常に重い台詞があります。希望があるからこそ絶望があり、それが人間の正気を失わせるというのです。本稿では、こうした人間だけが灯りのように胸に抱く「希望」、そしてその裏返しの「絶望」、さらにはそのあいだにあるものを作家の視点で考えてみたいと思います。
ひとたびこの世に産み落とされた以上、人間が生きていくどのような境遇においても、絶望は簡単に姿を現します。しかも偶発的な公平さをもって、富める者にも貧しき者にも、絶望は圧倒的な重量で覆いかぶさり、出口を見失った人は喘ぎ途方に暮れます。そこから抜け出すためには、希望の光をまず探さなくてはなりません。けれど、探そうにも、救いも希望も影も形もない世界があります。戦争下、飢餓、貧困、弾圧。かりそめの希望を寄せつけない、生半可な励ましの言葉など空虚でしかないそのような世界で、人間はいかにすれば生き延びられるのか、あるいは現実的な救いの手をどう差し延べればよいのか。たまたま食べるものにも着るものにも困らず、生きる術をもつ者ならばなおのこと、誰もが真剣に考えなければならない問題です。しかし、憂えたり同情を寄せたりはしても、大半の人は実際的な救済行動にまで出ることはありません。もちろんそれをここで糾弾しようという話ではありません。その現実を、人間世界の図式としてそれが厳然たる現実であることを、まず冷静に認識することの重要性を考えたいのです。一片の希望も見つからない絶望的な状況に対して、人は何ができるのか?──それを考えてこそ、作家としての、小説家としての、希望と絶望の狭間にある物語へのアプローチ方法が見えてくるのではないかと思います。
映画の話がつづきますが、役所広司演じる公衆トイレ清掃作業員の日々を描き、第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、役所氏がみごと男優賞を受賞した『PERFECT DAYS』。その監督ヴィム・ヴェンダースがかつて撮った映画に『The Salt of the Earth』という作品があります。ブラジル生まれの写真家セバスチャン・サルガドの活動の軌跡を追ったドキュメンタリー映画で、タイトルの「The Salt of the Earth(地の塩)」とは、新約聖書『マタイによる福音書』に由来し、社会のなかでもっとも善良で模範的な人々を指す言葉なのですが、つまりその象徴としてヴェンダースはサルガドを撮ったのです。サルガドといえば、戦争や干魃や難民の姿を捉えた報道写真を発表し、森林再生などの環境保護活動に身を投じ、地球の原初の美しさをファインダーに収める「Genesis」と名づけられたプロジェクトに取り組んだ世界的な報道写真家です。そんなサルガドの信奉者であるヴェンダースは、彼の波乱の半生と地球の再生を願う仕事の足跡を、『The Salt──』という一本の映画にまとめたのでした。
『The Salt──』にも描かれ、サルガド自身が自伝で語っていますが、彼はブラジルの小農園主の息子として、裕福とはいえないまでも経済的に困らない環境に育ちながら、激しい波乱に満ちた生き方をみずから選択してきた人物です。神童と呼ばれブラジルのサンパウロ大学に進学しますが、反政府運動に身を投じて亡命、エコノミストとして安定した収入を得ていたところ、仕事でまわったアフリカ各地の実情を眼にし、何の保証もないカメラマンに転身しました。そして、世界の凄惨な現実をつぶさに写す報道写真で国際的評価を得たにもかかわらず、突如、環境保護活動を経て自然や生命の姿を捉えるネイチャーフォトへと方向転換したのです。周囲の猛反対もサルガドは意に介しませんでした。
このように、サルガドの人生には何ひとつ安易な選択、転身がありません。世界各地で人々の生きる悲惨なありさまや人間の非道な行いを数限りなくファインダーに収めたサルガド、その上でもなお、この地球には尊い美が残されていることを発見したサルガド。誰よりも「絶望」を知りながらあえて「希望」へ目を向けたサルガドが辿ったその道のりには、“希望と絶望の狭間にあるもの”が見えてきます。
一方には何でも持っている人たちがいて、自由を満喫しており、もう片方には、何も持っていない人たちがいて、かつかつの暮らしをしている。威厳があり、かつ不当な搾取を受けているこの世界、これこそわたしが自分の写真を通してヨーロッパ社会に見せたいと思ったものだった。
わたしはルワンダを愛している。ルワンダの労働者たちや農園、それから国立公園の美しさを撮ることにこだわっているし、同じようにルワンダでおかされた残虐行為も撮る。まさにルワンダを愛しているからだ。この恐ろしい時代、ありったけ心をこめてルワンダを撮った。みんなが知っているべきことだと思った。自分の時代の悲劇から身を守る権利なんか誰にもない。わたしたちみんな、ある意味で、自分が生きるのを選んだ社会のなかで起きることがらに対して責任があるからだ。
(同上)
サルガドを写真へと導いたのは、人間世界の理不尽で不公平なありさま、人を悲惨な状況に追いやっているのがほかならぬ人間の搾取や弾圧であるという事実でした。そのありのままの状況、悲劇を撮りつづけたサルガドでしたが、ついに、あまりの残酷さに絶望し心身を病んでしまいます。サルガドの眼にした現実は想像を絶します。おそらく、そんな現実を知った大方の人間が、絶望から逃れられず悲観主義へとはまり込んでいくでしょう。ところがサルガドは、絶望のなかで、人間が行っているもうひとつの破壊行為──蹂躙されていく自然環境についても目を向けました。そして、故郷ブラジルの土地に同じ荒廃を見ると、みずから樹を植え、森林と環境の再生に取り組んだのです。
都市化の結果として自分たちを自然から切り離したせいで、わたしたちはとてもややこしい動物になってしまったということだ。この惑星と疎遠になったせいで、わたしたちは奇妙な存在になってしまった。
(同上)
惑星のほうへ戻っていくのが、よりよく生きるための唯一の方法だ、という確信だ。現代世界は都市化されていて、規則や法律でいっぱいで、生命力を殺がれてしまう。少しばかり自由を取り戻そうというのなら、自然のなかにしかチャンスはない。
(同上)
サルガドは8年をかけて地球の起源を求め、写真集『Genesis』をまとめました。そこでは「地球の46%はまだありのまま、起源の頃と同じ姿をしている」と語っています。逆にいえば、地球はかつての姿を54%失っているということであり、それはまぎれもない絶望的実態ですが、それでもサルガドは残された46%に希望を託しているのです。
当ブログで幾度となく取り上げている詩人の金子光晴は、著書『絶望の精神史』のなかで「絶望のありかを、すみずみまでしらべて、知っておく必要がある」と説きました(当ブログ記事『「絶望」が作家の未来を拓く』参照)。希望を謳う物語は世に数限りなくあります。それらがすべて真の希望を示しているかどうかは、わかりません。ただひとついえるのは、作家になりたい者として、真の希望を描くためには、「絶望」の正体を見極めなくてはならないということ。それは、価値ある小説を書くことばかりか、この世界、地球とそこに生きる人間を守っていくことにもつながるのではないでしょうか。絶望と希望の狭間にある物語、それがどのようなものなのか、作家を志すならば、一度じっくりと考えてみたいものです。
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