本を出版するなら──文芸社「出版」のこと、気軽にご相談ください。

0120-03-1148

通話無料(受付時間:平日 9:30〜18:30)

「本を書きたい」人が読むブログ

Blog

未曽有の災禍──その経験の狭間で考えるべきこと

2026年10月14日 【作家になる】

「進化」には入念な検証が欠かせない

2020年、世界は未曽有の非常事態に見舞われました。いまだ記憶に新しく、なお癒えない傷を残している「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」の流行です。その当時も類似例としてよく取り上げられましたが、史実の上では天然痘やペストといった死病の世界的流行もありました。医学の進歩により、今世紀の新型コロナウイルスの致死率は抑えられ、死の脅威という意味では、かつてと比べれば軽減したかもしれません。それは、コロナのパンデミックとそれ以前のパンデミックの大きな違いといえます。けれど、科学が目覚ましい発展を遂げた現代だからこそ、新型コロナの流行にはまったく異なる脅威が伴うことになりました。

SFや終末小説などを愛読している方ならご存じと思いますが、もともと「パンデミック」という用語は、ほとんどそうした物語のなかにのみ存在する言葉でした。GoogleトレンドというGoogleが提供する検索語句の頻出度合いを可視化するツールがあるのですが、そのツールで2004年以降の全世界のユーザが「パンデミック」の文字列で検索した量の推移を見ると、ほとんどの期間において指標が「1」であるのに対して、2020年あたりで急激に伸び、指標の最高値である「100」に達しています。その後はもちろんコロナの終焉とともに落ち着くのですが、世の中でメジャーになった言葉が消えるということはなく、単純に陳腐化しすぎて誰もことさらに「パンデミック」で検索しなくなっただけともいえます。2020年以降の数年を思い出してみてください。現実世界で、突如として世界規模のパンデミックが叫ばれる事態となり、市民も、メディアも、政府も、医療従事者も、まさにSFやパニック映画に見るような恐慌状態に陥りました。それはまるで、安楽を貪っていた現代人が、俄かに想像を絶するSF的現象の只中に放り込まれかのようでした。

それから何年もの月日を経て、私たち人類は日常を取り戻しました。……そう、取り戻しはしましたが、感染症やパンデミックの恐怖・脅威は拭い難く、忘れたかに見えて、何かの拍子に記憶から勢いよく飛び出してくることがあります。それが極度に精神を蝕むとフラッシュバックということになるのですが、一方で人は経験から学びを得ます。それはもちろん物理的な備えであることもあるでしょう。しかし真の「進化」ということでいうと、社会そして世界で人と人が支え合い、よりよい生活と環境、さらに人生を築いていくためには──と、個々人おのおのが災禍を振り返り、検証し、未来を考え、本当の意味で経験を通して成長した先の次元のお話なのです。

「災禍」に出会い直す重要性を説く一冊

コロナ禍で連呼された「大切な命」というフレーズ。それは恐らく、一面的には「正しい」フレーズであった。しかし、このフレーズのもとに積み重ねられた多様で大量の感染対策が、もとから脆弱であった人々の命を砕いたのも事実である。そしてその余波は、いまだに続いている。

(磯野真穂著『コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート』出版社内容紹介文より/柏書房/2024年)

人類学者の磯野真穂が本書のなかで疑問として呈したのは、騒動のさなか、警告を発するため繰り返し用いられた“フレーズ”、あるいは“フレーズを連呼する”という行為そのものでした。「大切な命」「不要不急」「パンデミック」「緊急事態宣言」……。強い響きをもったそれらの言葉は、事態の深刻さを十全に伝えて人々を従わせました。けれど、感染の有無自体を問題視し、それをはっきりと区分けする言葉や態度によって、深い傷を負った人々もいたのです。治療、看護、予防措置。現場で身命を賭して職務に臨んだ人々がいる一方で、「対策」にはおのずとさまざまな思惑が絡んでいたでしょう。

もちろん必要な対策もあっただろう。しかし、「批判を避けたい」「みんながそうしている」「補助金が欲しい」といった理由に基づく名ばかりの「感染対策」はなかったか。そのような対策が、別の命をないがしろにしていた可能性はなかったか。忘却する前に、思い出す必要があるはずだ。未来の命を大切にするために。

(同上)

重大な出来事や経験は、重大であればあるほど、過ぎたからおしまいにするのではなく、少しでも真実に近づく知識取得の努力を惜しむべきではないでしょう。パンデミックという経験を過ぎ越したいまだからこそ、出来事との“再会”によって、明らかになることがあるはずです。

出会いとは、自分が予想し得なかった人や出来事との遭遇のことを指す。だからこそ、出会いの瞬間、私たちは驚き、戸惑い、右往左往する。2020年冬にやってきたコロナも私たちにとっては出会いであった。驚いた私たちは困惑し、社会は恐れと怒りに包まれた。あれからすでに4年が経過する。人でごった返す繁華街から人影が消えたあの時の風景に私たちはどのように出会い直せるだろう。

(同上)

東京科学大学(東京工業大学と東京医科歯科大学が統合)リベラルアーツ研究教育院教授を務める人類学者の著者は、我々人間が真の成長を果たすべく「コロナ禍」と再会するために、本書において人類学的アプローチによる視点を提供しています。「人類学的アプローチによる視点」とは、“当たり前”や“先入観”を脇に置いたフィールドワークに基づく客観的な視点のこと。著者は、調査収集した具体的事例を挙げ、そうした客観的アプローチをもって考察を促します。たとえば、感染対策という方針のもと、病院で孤立した患者や愛する家族に会えない人がいた、マスク着用による熱中症に苦しんだ人がいた……。そうした事実に向き合い未来に備えることは、社会レベルでも個人レベルでも重要であり、また、作家を志す者であれば、よりいっそう視線と意識を研ぎ澄ませてアンテナを向けておきたい方角です。

ビフォー・アフター、「境界」に横たわる目に見えないものこそが重要

「パンデミック」という言葉が日常に入り込み、まさしく世界を覆い尽くす勢いであったコロナ禍。いまや私たちは、かつてSFで見た未来を現実とする世界に生きています。であれば、先の未来には、まだ誰も知らない災禍に襲われないとも限りません。そのような未来に対処するにあたって、コロナ禍をはじめ、現代社会で浮上したさまざまな問題、体験した事件に客観的に“出会い直す”人類学的視点は、極めて重要なものかもしれません。磯野真穂の『コロナ禍と出会い直す 不要不急の人類学ノート』は、そのための手引の一冊となるのではないでしょうか。

ときに人は、ある経験を境に、無意識のうちに考え方や行動体系に大きな変化を起こすことがあります。そんな経験は、よきにつけ悪しきにつけ例外なく重大なものです。変化をもたらしたその理由は何なのか──? と深く考えるべき価値を含んでいるはずです。作家としての階段をのぼっていく方にあっては、なおさら、スルーしてしまうのは望ましくないでしょう。「〇〇以前/〇〇以後」という境界や節目の正体を見極める修練は、きっと未来の創作に深みをもたらしてくれる──そんな気がするのです。

※Amazonのアソシエイトとして、文芸社は適格販売により収入を得ています。

こちらのコンテンツもおすすめです

同じジャンルの記事

最新記事

「本を書きたい」人が読むブログ トップへ

PAGE TOP