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最も短く、最も情報量が豊かで、最も雄弁な文章とは何か――?
それは、キャッチコピー(和製英語。英語では「Advertising slogan」)であるといえましょう。商品を売るため、買う気を起こさせるための惹句なのだから、選りすぐりの凝縮された実践的なフレーズであるのは当たり前。日本最古のキャッチコピーは平賀源内の「本日土用丑の日(=土用の丑の日に鰻を食べると滋養になる)」などと通説ではいわれていますが、広告誕生初期のキャッチコピーとは「安い!」「美味い!」「すぐ治る!」と、商品なりの特長を表現する直截的なフレーズでした。それが少しずつ進化を遂げ、広告業界躍進とともに斬新さを増し、現在に至っているわけです。
現代の広告は美しく洗練されています。しかし、純然たる“コピーの力”という意味ではどうなのでしょう。何十年とテレビCMを軸に進化してきた昨今の商品コピーは、映像イメージやストーリーありきで制作されるため、言葉単体での商品アピールの集約的な力は失われているような気がしてなりません。いまさら「安い!」「美味い!」の単純・直截な表現には戻れないにせよ(商品名がそうなりつつありますが……「スーパー〇〇〇」「ストロング〇〇」など)、過去のキャッチコピーに込められていた乾坤一擲の気合のようなものが感じられない“雰囲気コピー”が多いのは事実です。
そうしたさらりとした広告コピーが多く目につく世の中というのは、作家になりたい者にとっては好ましい環境とはいえないかもしれません。雰囲気コピーの類型“それっぽい詩”は、それを好んで読もうとしない限り触れる機会はありません。それゆえ、無価値だとしても無害です。しかし広告というのは、向こうから勝手にやってきてあなたを取り囲みます。無価値であるはずのコピーの刷り込みが行われ、いつしかそれを「無価値→ふつう→イケてる」と思うようになるわけです。ともすれば言葉や文章の表面的な端整さに囚われがちになるという、危険な落とし穴に陥りかねません。キャッチコピーには学ぶべきものが多くあります。しかし真に学ぶべき価値があるのは、対象の特長、魅力を伝えて比類なく雄弁な名キャッチコピーのみであることを胸に刻んでおきたいものです。
1989年、58歳で世を去った作家の開高健が壽屋(現・サントリー)の宣伝部に在籍していたことは有名です。時代は高度経済成長期に向かうころ。壽屋も破竹の快進撃を開始します。開高は壽屋の二代目社長・佐治敬三に宣伝広報誌『洋酒天国』の企画編集を任され、瞬く間に広報誌としては異例の20万部という発行部数を誇るまでに育て上げました。が、これを経済成長という時代の恩恵に浴したと見てはなりません。『洋酒天国』を伝説にまで押し上げたものは、宣伝色を排した斬新な企画記事であり、開高健という非凡なコピーライターの存在にほかなりませんでした。
「人間」らしく
やりたいナ
トリスを飲んで
「人間」らしく
やりたいナ
「人間」なんだからナ
(サントリー/昭和36年)
「トリスウイスキー」は壽屋が売り出した初のウイスキー。戦後本格的に販売が開始され、比較的安価であったため人気を博しました。酒造メーカーとして先駆的な壽屋でしたが、わけても開高のコピーは画期的であり、広告宣伝文が詩的・情緒的奥行きをもつという、つまり現在の商業コピーへと繋がる方向性を打ち出しながらも、それでいて雰囲気だけを漂わすのではなく、並外れた商品宣伝力を有していました。比較してはちょっと気の毒ですが、「醒めよ人! 舶来盲信の時代は去れり 醉はずや人 吾に國産 至の美酒 サントリーウ井スキーはあり!」(サントリーホワイト(=白札)広告/1929年)、「醉いごこち一番!」(トリスウヰスキー広告/1950年)といった同社の広告を並べ比較して見ても、うーん納得という気もします。
「『人間』らしく やりたいナ」制作の動機には、時代の波に“人間らしさ”が失われていくことへの危惧があったそうですが、加えて開高は、人間について考え人間との繋がりについて模索しつづけた作家でもありました。「人間嫌いのくせに、人間から離れられない」とは開高が自身を評した言葉ですが、これは彼一流のポーズではないでしょうか。真情を意訳するならそれは「人間好きなのに、人間にうまく近づけない」というものではなかったでしょうか。だからこそ彼は、谷沢永一のような揺るがぬ信念の人とも終生の友情を結び、鷹揚として人を拒まない金子光晴のような人間に憧れることもあったのでしょう。そんな開高であればこそ、「『人間』らしく――」のコピーには人肌の温かさが生まれたのでしょう。「人間」であろうとすることへの含羞を含んだ純粋な思いが、「ウイスキー」というものがもつ商品性と抱擁して誕生したコピーなのです。
跳びながら一歩ずつ歩く。
火でありながら灰を生まない。
時間を失うことで時間を見出す。
死して生き、花にして種子。
酔わせつつ醒めさせる。
傑作の資格。
この一瓶。
(サントリーオールド広告/1979年)
開高のもう一本の傑作コピーは、1979年、サントリーオールドの彼自身が登場するポスターを飾りました。まさに名文の気合と迫力。ウイスキーとは、ウイスキーの酔い心地とは、まるで大地が躍動する無二のドラマであると語りかけるような、詩的な感動をもたらす一文です。ウイスキーを飲むこと、ウイスキーに酔うことの素晴らしさを雄渾な情景として謳い上げた、わずか7行。気合とは、まさしく魂を込めた勢いのこと――。これぞ、「コピーライター開高健」の真骨頂といえるでしょう。
当ブログをお読みいただいているあなたは、詩人や小説家になりたいのであって、特にコピーライター志願ではないかもしれません。けれど、物語も詩も、ひとつの言葉、フレーズから成り立つものである限り、選りすぐられた言葉、磨き抜かれた表現が創り出す優れたキャッチコピーに学ぶべきものは少なくないのです。芥川賞作家・開高健が不世出のコピーライターではないと誰がいえるでしょうか。彼のキャッチコピーに人肌と気合の文章世界を見出すことは、少なく見積もっても、本を書きたいあなたにとっては大きなプラスになるはずです。
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