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記憶×省察=小説を書くための「テーマ」

2017年08月29日 【小説を書く】

小説にはまず「テーマ」ありき

「テーマ」のない小説など、存在し得ません。もしあるとすればそれは骨格をもたないゴム人形同然で、動作も感情表現もおぼつかず、ゆらゆらと頼りない物語に堕しかねません。小説というものは、自分の“内”から湧き出でる「テーマ」があってこそ形になります。逆にいえば、自分が書きたいテーマを見出し、それを温め、執筆という行為を通して追究していく営為そのものが、まさしく小説創作の本義であり、それを行うのが作家の本領といえるでしょうか。

するってーと、小説家志望の青年にありがちな悩み「小説を書きたい、でも何を書いていいかわからないんですぅ」なんてのは、おハナシにならないヨって話になるでしょうか。ええ、まあその通り……いえいえ、そうではありません。もしあなたがそうだとしても、慌てることはありません。もちろん小説を書くためには、また小説家になるためには、書くべき「テーマ」の存在が何にもまして重要です。手厳しい言い方をすれば、書きたいものがないのに小説家になろうというのなら、土台その「夢」に無理があるわけです。そうなんです。ですが、まだガッカリしないでください。もしかするとあなたは、自分が書くべきテーマの存在に気づかずにいるだけではありませんか? “書きたいものがわからない”というのは、換言すると“自分のある面を知らずにいる”ということ。というわけで本稿では、世に出た作家たちがどのように「自分」という人物を知り、書くべき「テーマ」に出会ったのかを検証してみることにします。「テーマ」探しのヒントがきっと見つかるはずです。

心優しきアウトローが探る“生”のテーマ

書くというのはわたしが左のポケットから死を取り出し、そいつを壁にぶつけて、跳ね返ってくるのを受けとめる時。
(チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』河出書房新社/2002年)

酒とギャンブルを愛したチャールズ・ブコウスキー。インモラルな生き方を貫き、人間の孤独と愚かさを描きつづけたアメリカの詩人であり作家です。彼が遺したほとんどの小説は自伝でした。父親から虐待を受け孤立無援で言葉を失くした少年時代、作家を志し職を転々としたその日暮らしの下積み時代―――創作の根底には不遇な時代の記憶があり、自分という人間ができあがった過程を繰り返し見つめ直す「執筆」という行為を通して、ブコウスキーが描こうとしたのは、“人は何のために生まれ、生きているのか”という生の根源的テーマでした。

書くことの目的はまず第一に、愚かな自分自身の救済だ。
(同上)

白血病のため73歳で世を去ったブコウスキー。その死の直前、人生を賭した問いの答えを得たかのように書きあげたのが、パルプ・フィクション的世界を繰り広げる初のエンターテインメント小説だった、というのがいかにも彼らしいところです。

「小さな種火を残し、その火を絶やさないで。種火さえあればまた燃え上がるから。」

ブコウスキーの文章の魅力は、荒々しく烈しい言葉のなかに覗く子どものような素直さや優しさともいわれます。彼が後進に向けた上記メッセージは、そんな秘めた優しさに満ち溢れていて、まさしく夢を思い描く者の心に明るい火を灯してくれるようです。

“信仰”を問いつづけたキリスト教作家が辿り着いた境地

信仰は競馬によく似ていると思うことがあります。ビギナーはよく穴を当てます。ところが馬のことを勉強し始めたら、当たらなくなります。
(遠藤周作『私にとって神とは』光文社/1988年)

『海と毒薬』や『沈黙』を著した遠藤周作は、キリスト教のテーマを追究しつづけた作家として広く知られていますが、自身も語るとおり、決して敬虔なキリスト教徒ではありませんでした。彼がキリスト教に触れたのは少年時代。ホラばかり吹き、雨のなか傘を差して花に水をやったりする“おかしな少年”であった彼の心に信仰の萌芽が宿ったのは、両親の離婚を経たのち、母子で身を寄せた伯母の日常がキリスト教に包まれていたがゆえでしょう。その後遠藤は、挫折だらけの青年期を生きます。成績は振るわず、受験は失敗つづき、父からは勘当され……そして不出来な学生の例に洩れず、彼もまた大学時代に文学への志を芽生えさせるのでした。

「小説家とは、絶えず自分を揺さぶりつつ書いていくものである。」

そうインタビューに答えた遠藤はまた「信仰は90%の疑いと10%の希望」と述べています。たしかに彼の創作活動の源流、すなわちテーマの追究とは「10%の希望」を探す行為にほかならなかったはずです。遠藤には長年に亘る過酷な闘病体験がありました。晩年、病の苦しみ、手術の痛みを嫌というほど味わった彼は、ヨブ(サタンに激しい苦しみを与えられながら神への信仰を貫いた旧約聖書『ヨブ記』の主人公)を描きたいと切望します。それは小説家としての仕事と波乱の人生を通して、彼が辿り着いた信仰の境地でもありました。

“作家”と“言葉”の関係を説くノーベル賞作家

私は、小鳥を言葉と解釈し、お婆さんを現役の作家と見なしたいとおもいます。お婆さんは、自分が夢を見る言葉、生まれたときに与えられた言葉が、いかに扱われ、使用され、またいかにして不埒な目的に使われるのを抑止できるか、心を砕いています。
(荒このみ編訳『アメリカの黒人演説集』岩波書店/2008年)

小説のテーマとして、アメリカ社会における黒人文化を描きつづけてきたトニ・モリスン。ノーベル文学賞を初めて黒人として受賞した彼女は、授賞式のスピーチで「Once upon a time―――(むかしむかしのことでした……)」と語りはじめました。そして、情報社会に行きかう効率第一の言葉ではなく、かつて身のまわりにあった言葉に耳を傾けよと促すかのように、ひとつの寓話を紹介したのでした。それは、町の片隅に暮らす黒人の老婆をからかって、子どもたちが自分の手のなかにいる鳥は生きているか、死んでいるかと尋ねる物語でした。老婆は「わからない」と答えます。次いで、わかるのは“それが手のなかにあること”と言い、“手にしているものへの責任の所在”が子どもたちにあることを説きました。さらにモリスンは、老婆を作家、子どもの手のなかにあるものを作家にとっての言葉であると重ねて喩えることで、ひとつの寓話を自らの信義にまで敷衍させるのでした。

われわれが情報を獲得し、保持し、咀嚼するのは、基本的にお話(ナラティブ)を通してだと私は信じております。
(同上)

モリスンが喩えた「老婆」は、そのまま作家志望者のあなたに、手のなかの「言葉」は、あなたが書くべき小説のテーマの断片に置き換えられます。言葉を生かすも殺すも、また、言葉を形にするのも無にするのも、作家の省察にかかっています。「物語」は大きな力をもつものです。そのテーマは、「省察」――つまりみずからを省み考えることによって命を得るものなのです。

“記憶”から“テーマ”、そして“構想”へ

作家たちは自身の記憶について語ります。浅田次郎は、戦後の記憶を繰り返し再現するなかで「戦争を描くことは“使命”」だと思い至ったといいます。1歳のとき、人気作家であった父・太宰治を亡くした津島佑子は、家族、生と死、社会とマイノリティーなどをテーマに執筆してきました。中東、エジプト、大阪で育った西加奈子は、「なぜわたしはわたしなんやろう」と問いかけながら文章を書いていると、創作に向き合う際の心境を述懐しています。

思えば、記憶能力というのは不思議なものです。人間は年をとると何かとものごとを忘れがちになりますが、一説によると、忘れるのはもともとどうでもよい些細なことで、老いて記憶容量の減じた脳は、自然と重要な事柄からインプットしていくメカニズムが機能しはじめるのだとか。また逆に、幼少時代やごく若いころの、なぜこんなことをいつまでも――と訝るような忘れ得ぬ記憶が誰にでもひとつやふたつあるものですが、するとそれは、本人が無自覚なだけで実は重要な役割を果たす記憶なのかもしれません。その記憶の意味を探るキーワードこそ「省察」。それを深めることで、あなたは小説の「テーマ」を彫琢する“構想”に向けたファーストステップを踏むことになるのです。

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