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やれやれ、仕事が立て込んだりしてくると、つと私たちは「自然に触れたい!」などと思い、ほんの束の間の休日の計画を立てては気を鎮めます。海山で心ゆくまで遊ぼうと心躍らせる瞬間は、日常の些末な(けれどもジワジワ来る)ストレスを忘れることもできます。「自然」とは、待望の休暇を演出する舞台装置であり、大切なご褒美そのものでもあり、日ごろの社会生活の疲れを癒してくれるパラダイスなのです。
そんなふうに私たちの多くは、自然に触れることでもたらされる無二の価値を認めているわけですが、ナチュラリストや保護運動家のような自然志向や自然の貴重さを唱える人々を除いては、一般に日常生活における「自然」の必要優先順位や関心度は決して高くないのかもしれません。日本国内におけるアウトドアブームやパワースポットと称する地への関心の高まりは、ひとつの娯楽として、ひとつのファッションとして各時代を賑わせますが、「日常生活は便利なほうがいい」と端から決め込んでいる人々にとってはやはり、「自然」は思想や文化の域にまで高める対象とはなり得ないからです。
ですが、人類文明の対極ともいえる「自然」が、エッセイや小説を書くための文化的、思想的な対象にならないはずがありません。おそらくは3.11東日本大震災直後、ほとんどの日本人が考えたはずの「自然と人間の関わり」は、過去においても未来においても、深く真摯に見つめなければならないテーマに違いありません。確固とした思想と実証的根拠をもって説いた先人たちの例を見ていきましょう。
1817年、アメリカ・マサチューセッツ州に生まれたヘンリー・デイヴィッド・ソロー。44歳で他界した彼の名を世に知らしめるのは1冊の著書、『ウォールデン 森の生活』です。本書は、20代のソローが故郷ウォールデンの森のなかで自給自足した2年余りの生活記ですが、趣味的な自然愛好家を喜ばすハウツー本の類ではありません。もっと根本的に、人間の生き方、自然との関わり方について問いかける、文明批判の書として今世紀まで読み継がれている作品です。
私が森に行って暮らそうと心に決めたのは、暮らしを作るもとの事実と真正面から向き合いたいと心から望んだからでした。生きるのに大切な事実だけに目を向け、死ぬ時に、実は本当には生きてはいなかったと知ることのないように。暮らしが私にもたらすものからしっかり学び取りたかったのです。
(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー/今泉吉晴訳『ウォールデン 森の生活』小学館/2016年)
森に入る決意をこう述懐するソロー。その思想家としての優れた先駆性・独創性を示すのは、『市民の反抗』(1866年出版時のタイトルは『市民的不服従』)という著作です。「市民的不服従」とは、正当ではないと信じる法律や命令に非暴力的に不服従の意を訴えることです。ソローは、個々人が良心に従って正・不正を判断し行動しなければならないという信念をもち、これを唱え実践した草分け的な存在であり、インド独立の父ガンディーや、アフリカ系アメリカ人公民権運動の指導者キングにも多大な影響を与えました。
私がこの世に生まれたのは、ここを良くするためではなくて、良かろうが悪かろうが、ここで生きるためです。人はすべてのことをするのではなく、何かをするのです。すべてのことをすることはできないからといって、誤ったことをする必要はないのです。
(山口晃訳『市民の反抗』文遊社/2005年)
『ウォールデン 森の生活』は、自然愛好家でも隠遁者でもなく、みずからの思想の実践者であるソローの実証記録です。つまり、彼にとっての森での生活は、「目的」ではなく「手段」だったのですね。思想を実践するために「森」に入ることが必要だったのです。そんな森の生活でソローが確保したのは、自由な時間。午前中を畑仕事に充てると午後は自由時間をもち、自然を観察し、読書し、思索に耽り、村の友人を訪ね……と心の向くままに過ごしました。ソローの人生哲学は、人が生を実感するためには自由が不可欠で、自由を得るためには暮らしを簡素にする必要があり、簡素に生きることとはすなわち自然を体感する生活である、というものでした。しかし、彼はその生き方を他者に勧めようとしているわけではありません。『ウォールデン 森の生活』は、ソローが森の暮らしのなかで本来の自分を見出したように、それぞれが自分に合った生き方を見つけることを願い、筆が擱かれます。個人主義を尊重するソローの揺るぎない信条がうかがわれる結びです。
1962年、世界中の人々が環境問題に目を開くきっかけとなった衝撃的な1冊の本が出版されました。そのタイトルは、『沈黙の春』――。
著者レイチェル・カーソンはアメリカの生物学者。1907年ペンシルバニア州に生まれ、大学在学中に生物学に目覚め科学者への道を歩みはじめます。彼女の名を不動のものとした『沈黙の春』は、農薬散布により鳥が死に絶えた春を象徴的イメージとして、化学物質の環境への悪影響について主張した研究と告発の書でした。
私たちは、いまや分れ道にいる。――長いあいだ旅をしてきた道は、すばらしい高速道路で、すごいスピードに酔うこともできるが、私たちはだまされているのだ。その行きつく先は、禍いであり破滅だ。もう一つの道は、あまり<人も行かない>が、この分れ道を行くときにこそ、私たちの住んでいるこの地球を守れる、最後の、唯一のチャンスがあるといえよう。
(レイチェル・カーソン/青樹簗一訳『沈黙の春』新潮社/1974年)
『沈黙の春』で取り上げられたDDT被害は今日的でこそないかもしれませんが、この作品が、化学物質が自然と人間に害をなすことに誰よりも早く警告を発し、環境問題の根幹を指し示し、保護活動を推進する契機となった名著であることは間違いないでしょう。
毎年、毎年、幼い心に焼きつけられてゆくすばらしい光景の記憶は、彼が失った睡眠時間をおぎなってあまりあるはるかにたいせつな影響を、彼の人間性にあたえているはずだとわたしたちは感じていました。
(上遠恵子訳『センス・オブ・ワンダー』新潮社/1996年)
56歳で世を去ったレイチェル・カーソン。癌に侵され死を覚悟した彼女は、夏を森や海で過ごし、養子として引き取った少年(早世した姪の息子)を自然と生命に触れさせました。その日々の体験をエッセイとして綴ったのが、最後の著作『センス・オブ・ワンダー』です。「センス・オブ・ワンダー」とは「神秘さや不思議さに目を見はる感性」のこと。レイチェルが、人間にとって、とりわけ子どもにとって、何よりも養うべきものと考えた感性です。
地球の美しさと神秘を感じとれる人は、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることは決してないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配事にであったとしても、必ずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たな喜びへ通ずる小道を見つけ出すことができるでしょう。
(同)
DDT散布後、鳥が鳴かなくなったという一通の手紙から農薬禍との闘いに身を投じ、海洋生物学者として太古の昔から「生命の母」でありつづけた海の神秘を語りつくしたレイチェル・カーソン。学者としてのマクロな知識と、作家としての豊かなイマジネーションを武器に自然と深く関わってきた彼女は、自然世界から与えられる感性を掛け替えのないものとして次代に伝えようとしました。それは、レイチェル・カーソンがまさしく命を懸けたラストメッセージです。
感性とは、必ずしも生来の稟質(ひんしつ)とは限らず、適した環境に身を置くことで、もしかすると意識的に育て磨いていくことができるものなのかもしれません。大脳新皮質など脳内の記憶領域とは限りません。その掌、その肢、その舌……人間の身体のどこかに、自然とともに暮らした太古の記憶が眠っていないとは言い切れません。だからこそ人は、現代生活からふだん切り離している「自然」を折に触れて求め、心の慰めを得ようとするのではないでしょうか。
エッセイストや作家になるのに「感性」などムダ、と考える人はまずいないはず。あなただってそうでしょう? それならば「センス・オブ・ワンダー」を合言葉に、無垢な魂で「自然」に触れ、向き合って、自身の心の繊細な動きを感じとってみてください。そのような体験から身につけた神秘を知覚する感性はきっと、あなたが思索し、表現し、創作するためのコンパスとして雄々しく働いてくれることでしょう。
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