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「本を書きたい」人が読むブログ
「本を書きたい!」「本を出版するには?」と思っても、何からはじめたらいいか、わからないことがワカラナイ――という方も多いでしょう。当コーナーでは、小説を書くうえでのポイントや、読み応えのあるエッセイの文章構成、評価される詩の共通点などを、具体的な事例とともに解説。
本になる前の原稿を数多く読んできた文芸社ならではの視点で、あなたの一文が作品に生まれ変わるまでのお手伝いをいたします。

“日本的な”本を書くための俳句ワークアウト

2018年11月22日 【作家になる】

「わび・さび」を探究して現代日本に迫る

JRの前身である国鉄が「ディスカバー・ジャパン」というキャンペーンを大々的に展開したのは1970年代のことでした。個人旅行者の増大、女性客の増加、そして“発見”の気運に満ちた時代の空気にこのコピーは合致し、人々はみずからが住まう「日本」を探し求める旅をおおいに歓迎したのでした。考えてみれば日本てけっこうイイね! そんな目線で人々がイメージした“日本らしさ”とは、四方を海に囲まれた島国特有の風情ある四季の風景であり、木の味わい豊かな歴史を感じさせる町並み、簡素でいて精緻な数々の文化遺産であったでことしょう。

そのように、伝統、文化、自然、風土、情緒、精神、習俗――“日本的”な風味は、さまざまな方面に感知することができます。そして、和の特長はときに「わび・さび」というこの国ならではの美意識として、幾多の芸術のなかでも表現されてきました。では、「日本発見」の気運に湧いた時代から半世紀近くが過ぎたいま、この国はいったいどのような変貌を遂げたのでしょうか。各地の自然に、町に、そして「本」のなかに、「日本」は変わらず存在しているのか、また、存在しているのならどのような形であるのか――そろそろ、そのことを考えるべき時期を迎えている気がします。

名句誕生のプロセスから学ぶ「わび」と「さび」

「わび・さび」といえば、世界最短の定型詩との説もある「俳句」の内にそれは息づいています。けれど、もの書き志望者が留意すべきは、「わび・さび」の微妙なニュアンスや繊細な美意識は、俳句やそのほかの“いかにも日本らしい”芸術の得意分野であるには違いないけれど、決して専売特許ではないということ。どういうわけか最近は、「わび・さび」というと日本人ですらジャパネスク的な雰囲気をイメージしがちですが、前述のとおり、静謐で簡素、それでいて深さをもつ風合いは、もっともっと広範に、あらゆる芸術、創作のなかに表現することが可能なはずなのです。つまり、俳句を素材として「わび・さび」のエッセンスを掴み、自身の表現形式に押し広げて活用することができるとすれば、あなたの創作物の質感は数段ステップアップすること間違いありません。

さて俳句ときては、松尾芭蕉を取り上げないわけにはいきませんね。不案内な者には手を出しかねると誰もが怯む俳句界の巨人。ところがですね、ある意味意外や意外なのですが、俳聖と呼ばれる松尾芭蕉の錬成前の句には、実は素人でさえその親しみやすさからついニンマリしてしまう“点”が見られるのです。そんな一種の粗ともいえる箇所のビフォー&アフターこそ「わび・さび」醸成の仕組みが見出せるのですから、これはもう作家になるための格好のテキストとして見逃すわけにはいきません。

聖俗を分かつ一語の重さ

不朽の名作『おくのほそ道』には、芭蕉が辿った実際の旅のルートとは異なる虚構があり、俳句もまた後日推敲を重ねて書かれたものであることは、没後300年以上経ってから発見された河合曾良の日記などによって明らかにされています。弟子として芭蕉の旅に随行した曾良は、その記録のなかで芭蕉のプロデュース力・編集力・推敲力が並々ならないものであることを世に知らしめました。とりわけ注目すべきはその推敲力。名句と知られている句の推敲前の出来栄えは、芭蕉ファンのお怒りも覚悟の上でいうならば、美容化粧品系の広告の使用前・使用後の姿を思わせるほど。凄まじいまでの落差に、読む者の顔の筋肉は、目を剥いたりニンマリしたりと忙しいことになるわけです。

閑(しづか)さや岩にしみ入(いる)蝉の声
(金森敦子『「曽良旅日記」を読む もうひとつの『おくのほそ道』』
法政大学出版局/2013年)以降、出典はすべて同著

『おくのほそ道』所収の誰もが知るこの句は、山形県立石寺(通称:山寺)で詠んだとされていますが、実はこの名句には推敲プロセスを示す別のパターンが存在します。以下創作順。

山寺や石にしみつく蝉の声

淋しさの岩にしみ込むせみの声

さびしさや岩にしみ込蝉のこゑ

閑さや岩に染み付く蝉の声

「声」や「こゑ」、「しみ」「染み」の表記の行ったり来たりもさることながら、「山寺」から「淋しさ」「さびしさ」「閑かさ」へ、「しみつく」「しみ込む」「しみ入る」と移っていく表現には、やはり相応の句境の深化が窺えるとともに、同じ創作者という立場であれば、芭蕉をしてなかなか呻吟したのだなという淡い同属の念も湧いてきます。「山寺」といういささか凡庸な対象表現から、蝉の鳴く騒々しさとは異なる世界を想像させる「淋しさ」「さびしさ」の形容へ、さらに穏やかさを印象づける「閑かさ」へと変わる過程には、清澄に磨きあげられていくかのような芸術的進化が感じとれます。そして、「岩に」「しみつく・しみ込む・染み付く・しみ入る」の段階的な推敲は、ペッタリと「しみつく」のでもスイスイ「しみ込む」のでもなく、静かに深々とジワリ「しみ入る」のだという、まさしく「わび・さび」の感性が研ぎ澄まされていくさまを見るようです。

「最上川」に見る推敲のノウハウ

五月雨をあつめて早し最上川

やはり『おくのほそ道』所収のこちらも名高い一句。しかし最上川の舟運の拠点であった山形県大石田滞在中に詠んだとされるこの句の初案は次になります。

五月雨を集めて涼し最上川

重ねて芭蕉ファンには生意気をヒラにお許し願いたいのですが、初案「涼し」の句は、清涼感はあるものの特にこれといって……感を拭い切れません。ストレート過ぎるというか、さしたる余韻もないまま「さてアイスでも食べるか」と、視点はすぐさま俗物的な世界へと移ろっているような印象です。ところが成案での「あつめて早し」となると、にわかに川の流れにダイナミックな躍動感が際立つとともに、その流速を追う目線は自然と遠くへ向かうことから一気に視野は広がります。これぞ紛れもない名句の風格。たったひとつの形容詞によるマジックに、推敲のこの成熟ぶりはどうしたことか!……ともうここは色めき立ってよいでしょう。実は、初案と成案のあいだに、芭蕉は実際に川下りを楽しんだようです。「早し」とは、「五月雨をあつめ」た急流体験の実感から生まれた表現であったのかもしれません。

そして最上川シリーズでは、次の句の変遷も押さえておきたいところです。

涼しさや海に入たる最上川

暑き日を海に入れたり最上川

重ね重ね芭蕉ファンの皆様には申し訳ありませんが、初案は、これが俳聖のケッサクだよといわれても疑いの眼差しを向けずにはいられません。「涼しさ」の語が直感的ゆえどうあっても稚拙に映り、句全体として印象の鈍さを否めないのです。ところがこの「涼しさ」を「暑き日」に置き換えることで、端整ではあっても凡庸な句は、海と太陽を伴う雄大な川景色にたちまち早変わりすることになりました。現地での素早い文章スケッチと、のちの深遠な思索を思わせるこれら芭蕉の仕事は、天才性というよりも推敲の丹念さ、勤勉さを示しているよう。事実それこそが、芭蕉の芭蕉たる所以であるのかもしれません。

「わび・さび」の美意識の源泉

ここでもうひとつ、“日本的なもの”を示唆する芭蕉の精神を表す言葉を。「高悟帰俗」――「高く悟りて俗に帰るべし」。真(まこと)を知るべく志高くもち、「俗」すなわち日常事に戻っていくことを指南する言葉です。ここに込められた謙虚な精進の志は、世阿弥の「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからずとなり」(秘めてこそ花、秘められなければ花にはなれない)の一句にも通じ、真に日本的な心のありかたを示すものではないでしょうか。いささか精神的な結論になりますが、温故知新、芭蕉のスタンスを現代にもち込んでみれば、逆にすこぶる新鮮な試みになるのではないか――これはもはや明白であるようにさえ思えます。

後世にその名を謳われた松尾芭蕉は51歳で世を去りますが、これもまた意外なことに、俳諧師としての本格的な活動は30歳を越えてからと決して早いものではありませんでした。西行に心酔し遊行を夢見た芭蕉の俳句は、滑稽味からは離れ、自然の静寂の内に日本的な美を求め、孤高の精神性を尊び、生を探究する道をひたすら進んでいったのです。そんな芭蕉に倣うのであれば、真に日本的な「わび・さび」の効いた文章を書くためには、〈生の探究〉の結果もたらされる美意識が文体に宿るのを待つほかなさそうです。芭蕉の生き方と芸術に邁進する姿勢、残された句と精進の道筋は、そのことを教えているような気がします。

俳句という極限まで制限をかけた文芸は、飽和とは対極の哲学が貫かれているといえるでしょう。それは芭蕉本人の人生観にも通じているはずです。けれども、現代社会において世捨て人のごとく芭蕉の足取りを辿ることは難しいでしょう。求道者のようにストイックな生活スタイルを365日つづけることが許される人はまずいないでしょう。では、これならどうでしょう? ふだんはほとんど制限なく100枚、200枚と原稿用紙換算を積み上げている小説家志望者も、たまにはその手を止めて俳句というジャンルに取り組んでみるという試み。これならできないことはないはずです。いつか俳句にハマったというくらいの心境に至ったとすれば、以降の小説に打ち込まれる一文一文は、いまとはまた違った輝きを放ちはじめるに違いありません。