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作家と“旅”の濃密な関係

2016年06月06日 【作家のお話】

“旅”に出れば、ともかく何かが変わる

作家になりたい、だから旅に出る――という行動原理はいささか安易であるかもしれませんが、“旅”が作家にとって創作のモチベーション、インスピレーションとなっている事実は、古今東西の例を見ても間違いないようです。“旅”とは、非日常的体験とも言い換えられますし、未知との出会いを求める行為であり、学びの場であり、また、しがらみや肩書から解き放たれて“素”の自分になれる機会でもあるでしょう。もしかしたらそこには、詩を書き小説を書くため、作家になるための転生の秘密があるのかもしれません。

“旅”が与えてくれる“異文化体験”という財産

戦前・戦後、後に作家として名をなす多くの人がヨーロッパやアメリカに留学しました。当時は貧乏学生であったり、別の職業に就いていた者もいましたが、旅路での、また異国での体験が後年彼ら自身の作品にとって欠かせない材料となったのです。その意味で彼らの洋行は、作家になるため、本を書くための旅でもあったわけです。森鴎外(※「鴎」の字は文字化け対応)のドイツ渡航は医学留学が目的でしたが、かの国での出会いがのちに彼をして筆を執らせ、『舞姫』という代表作のひとつである小説を書くための源泉となりました。永井荷風がアメリカ、フランスに渡ったのは銀行家としてで、銀行勤めと異国暮らしが肌に合わず鬱々としていたようですが、転んでも起きないといいますか、そこでの見聞が『あめりか物語』『ふらんす物語』となり、荷風が人気作家となる道をつけたのでした。

紀行文を書くために押さえておかなければいけないこと

紀行文学というジャンルでは、旅路での冷静でジャーナリスティックな眼が名作を生みました。イギリスの紀行作家・イザベラ・バードは、明治期に日本を訪れて各地を旅し『日本奥地紀行』という本を著しました。開国間もない日本の「奥地」の様子がつぶさに記されたこの作品は比類ない1冊となりましたが、この本を書くための根本精神となっているのは、未知の国を巡ろうとする意志や冒険心、好奇心なのですから、現代の旅人にも充分通じるところですね。ただし、バードが鋭敏な観察力を常に発揮していたように、紀行文を書くために欠かせないのは、客観的に透徹した眼差しと洞察力であることも忘れてはいけないでしょう。

何より大事なのは自分だけの“旅”体験

いっぽう、一風変わった旅人もいます。「なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ」(内田百けん(※「けん」は文字化け対応)『第一阿房列車』新潮社/2003年)と、借金までして列車に乗り込んでしまうのは内田百けんです。鉄道が目に入れても痛くないほど好きという百けんはふと思い立つと列車に乗り込み、着いた先で観光したり泊まったりということはむしろ避けて、ひたすら列車で往復する旅を愛しました。その経験に脚色を加えて綴ったのが『阿房列車シリーズ』。乗りたい列車に乗りまくり、書きたい本を書きまくって、百けんはご満悦だったに違いありません。ところが偏屈な変人として名を馳せた百けんのこと、ご満悦の旅の記も、最後は気味の悪い同席者と食堂車の給仕に憤慨して終わってしまいます。百けんは無念だったかもしれませんが、そのように書き手の人となりが作中に現れ魅力になるというのも、注目すべき点でしょう。

“旅”が目を開かせ「本を書く」ための言葉を呼び覚ましてくれる

プルーストは「発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。新しい目で見ることなのだ」と言いましたが、この言葉の鮮烈な体現者となった旅人がいます。戦後反戦詩人として脚光を浴びた金子光晴は、放浪詩人としても知られていますが、その名に「放浪」を冠せしめたのはただひとつの有名な旅でした。それは昭和のはじめに上海から東南アジア、パリ、ベルギーを巡った足掛け5年に渡る無一文旅行で、何を隠そう愛人をつくった妻との関係を打開しようとした苦しまぎれの旅でした。金もなく生活に疲れ、創作にも絶望して筆を折り、どん底の境遇で辿り着いた東南アジアの各都市で、列強蹂躙の跡を目の当たりにした光晴は、やがて反骨魂を秘めた詩を次々と発表することになります。旅路でのその瞬間を、光晴は「僕に詩が帰ってきた」と表現しています。それはまさしく金子光晴が「新しい目」を得た旅だったのです。

「言葉を友人に持ちたいと思うことがある。それは、旅路の途中でじぶんがたった一人だと言うことに気がついたときにである」という言葉を残したのは寺山修司です。自分だけの言葉を発見する旅に、さああなたも出てみませんか。

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