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日常の脳内トレーニングで高める「想像力」

2019年02月15日 【小説を書く】

想像する以上に重大な「想像力」

本を書くには「想像力」が求められます。想像力なしに創作に挑もうとするなんて所業は、現金もパスモもスイカもイコカも持たず電車に乗ろうとするようなもの。そう、まったくお話にならないよという話で、すでに何かしらの創作や執筆に取り組まれている方なら深く頷くところでしょう。では、お尋ねします。はじめのはじめ、小説の書き出しが非常に重要とされることも創作者ならご存じのはずですが、小説を書きたいあなた、あなたは小説の書き出しのアイデアをいくつおもちですか? ここでスパパッと何本かの筋書きが頭を巡らないようであれば、想像力を磨く余地ありということかもしれません。なぜなら、読者をグイと惹きつけて離さない書き出しを生み出すのも、やはり「想像力」だからなのです。磨けるのかって? 磨いた想像力を思いのままに揮う自分自身の姿ぐらい、想像できないでいったいどうするんですか!

想像力100%のマスターピース『嵐が丘』

一説によると、想像力だけで書いた小説でもっとも優れた作品と評されるのは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』であるとか。数多の研究書が、『嵐が丘』にモデルや資料、作者の実体験等の下地がないことを明らかにしています。それは嵐吹く丘の上の洋館を舞台とした凄まじい愛と復讐の物語。そこまでしなくても……と読者のほうが躊躇うくらいに、一族郎党にまでおよぶ念入りな復讐を果たす主人公ヒースクリフは、その尋常ならざる憎しみの大きさと同じほど愛を求めた人間でした。

憎しみが恐ろしい毒であることは作中描かれる夥しい死が証明していますが、男女の愛憎を存分に描いたからといって、『嵐が丘』は菊池寛の『真珠夫人』のようなメロドラマではありません(ファンの方すみません)。しかし世界に目を向ければ、『嵐が丘』がサマセット・モームによる『世界十大小説』、エドマンド・ブランデンによる『英米文学三大悲劇』に選出されていることからも、その歴史的な価値は明らかなのです。そして、そんな時代を超える傑作を生んだのが「想像力」だけだというのです。

アイルランド生まれの教育学者キエラン・イーガンによれば、想像力を向上させるために有力なメソッドのひとつは、まさしく「物語に触れる」こと。モデルも不在、実体験もなし、想像力のみから生み出された『嵐が丘』。熱烈な作家志望者はもちろん、小説を書いてみたいとほんのり思っている人にも一読をお奨めしたい、この上なく想像力を刺激する一冊といえます。

「嵐が丘」は、ヒースクリフ氏の屋敷の名前である。「ワザリング」とはこの地方独得の形容詞で、風雨をさえぎるものもない高台に吹きすさぶ嵐のすさまじさを意味している。たしかに通風は満点で、身もひきしまる、澄みきった空気には年じゅう不自由しないだろう。丘を吹きぬける北風の威力は一目瞭然(りょうぜん)、屋敷の片隅にはいじけた樅(もみ)の木が数本、ひどくかたむいて立っているし、やせた茨(いばら)の生け垣が一方だけに枝をさしのべているのも、太陽のめぐみを必死にもとめているのだろう。
(エミリー・ブロンテ著・永川玲二訳『嵐が丘』集英社/1979年)

イギリスヴィクトリア時代を代表するブロンテ三姉妹の次女で、後世に『嵐が丘』ただ一作だけを残したエミリー・ブロンテ。その先進的な異才は、物語の複雑な構成と、際立って写実的で臨場感に富む描写にしっかりと示されています。小説『嵐が丘』に常に吹き荒んでいるかのような荒々しい風の音は、その優れて迫真的な描写力によって呼び起こされているのです。上の小説冒頭部に注目してみましょう。エミリーはこの数行で、物語の舞台を読者にありありとイメージさせ、不吉な先行きまでも暗示してみせています。その文章は想像力を刺激してくれるのみならず、小説を書くためのテキストとしても学べるものは少なくありません。

「日々の習慣」が想像力を強化する

ところで、前出のキエラン・イーガンの著書『想像力を触発する教育』(高屋景一訳/北大路書房/2010年)も実は看過できない一冊。本書は子どもの想像力を養うための教育論ですが、作家志望者の想像力向上にもうってつけの福音的な助言が目白押しなのです。子どもを対象とした教育論ゆえ、いずれも難しいトレーニングなどではなく、日常生活のなかで習慣づけることができる実践可能な方法論が示され、あなたの「想像力」も向上すること請け合いです。

この本のなかで、イーガンが「物語に触れる」重要性に次いで挙げるのは「比喩を用いる」こと。具体的にいうと「たとえば……」とはじまるたとえ話を習慣づけること。直喩・隠喩の両方で説明する習慣をつけること。たとえばですね(ほら出た! 多くの人が案外自然と使っているはず)、鳥が群れなして空を飛んでいくのを見たら、「掃除機のヘッドのよう」「そろばんみたいだ」などと(このいささか奇怪な例文の味わい方は読者の皆様それぞれにお任せします)、自分なりのイメージを掴んで比喩で表現する習慣をつけます。仮にここで鳥の隊列を「点線模様」などと表現するようであれば、残念ながら想像力は甚だ貧弱といわざるを得ません。「――様(よう)」と付くじゃないのなんて言いわけは屁理屈というもの。作家になりたいと心から願うならば、猛トレーニングを覚悟しましょう。

「駒子の唇は美しい蛭のように滑らかであつた」『雪国』(新潮社/2006年)での川端康成の比喩は、妖しく、肉感的です。「細い月が、うらうらと靡(なび)いた霞(かすみ)の中に、まるで爪の痕(あと)かと思うほど、かすかに白く浮んでいる」(『蜘蛛の糸・杜子春』新潮社/1989年)と、芥川龍之介の「月」を表現する比喩もただごとではありません。当然ながら想像力に欠ける文豪などいません。彼らの物語に触れ、比喩を参考にさせてもらうとなれば、一段も二段も想像力の向上が期待できるはずです。

「物語に触れる」「比喩を用いる」に加えて、イーガンは想像力を触発する訓練法として、韻とリズムとパターンに親しむことも挙げています。これは俳句のように定型リズムに則った詩をつくることの有効性を指します。そしてこれはトレーニングですから、俳句帳などに書き連ねなくても、頭のなかで言葉のリズムを刻んだり口ずさんだりするだけでもいいわけです。

イーガンが説くこの3つめの訓練法は、まさしくラップを吟じるラッパーが実践していることでもあります。彼らが「おれは日本語の魔術師/ステージに立てば客の誰もが前のめり/渋谷六本木街中のハコ震わし/満たすぜトップ狙う男のヤバすぎる熱気」などとライムしながら豪語するのはダテではなく、やはり彼らが彼らなりに韻やリズムに対して研鑽を積んできた自負と自信の表れなのです。

確かに韻を踏みリズムよく言葉を刻もうとすると、頭の回路は表現しようとする事柄の周囲を何周も何周もまわることになり、それだけ伝えたい事柄の核心部への洞察や想像は深まります。ゆえに想像力も身につくと。このように、想像力はその気になれば、日常訓練で見違えるように豊かに育てることができるのです。作家への道は、意外にも日常の心がけがその一歩。志も新たに、いますぐその一歩を力強く踏み出してみようではありませんか。

冒頭の画像は『嵐が丘』のモデルになった荒野に建つ廃墟
photo by Tim Green in Flickr: Top Withens.
licensed under CC BY 2.0.

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