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「ロスジェネ」の名品に時代の創作を考える

2019年08月02日 【小説を書く】

「喪失」が時代の深く鋭い眼を養う

「ロスジェネ」すなわち「ロスト・ジェネレーション」。ドラッグや犯罪に手を染める1990年代アメリカの若者たちを指し、所変わって日本では、バブル経済崩壊後の就職氷河期世代をそう呼びます。しかしもともとは、第一次世界大戦後に登場した若手アメリカ人作家の一群の総称でした。悲惨な戦争を体験した彼らはニヒルな醒めた眼をもって混沌の世界に対峙し、やがてその創作は文学界を席巻します。彼らの栄光は文学史のワンシーンに留まるものではありません。いまなお輝きが褪せることがなく、新たな時代の読者に衝撃と感動を与えている作品と作家たち。アーネスト・ヘミングウェイ、F・スコット・フィッツジェラルド、ウィリアム・フォークナー……。そのなかで、ロスト・ジェネレーション文学の金字塔と呼ばれる一作が、フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』です。

『グレート・ギャツビー』の翻訳に挑んだ村上春樹は、自身がもっとも影響を受けた3冊のうちのひとつに『グレート・ギャツビー』を挙げています(他の2作はドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』とレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』)。ロバート・レッドフォード主演で1974年に公開された『華麗なるギャツビー』(邦題)が、2013年、レオナルド・ディカプリオ主演でリメイクされ再ヒットした例を見るように、1925年に世に出たこの物語は時を経ても変わらず人々を魅了しつづけています。あまつさえ『グレート・ギャツビー』は、米大手出版社ペンギン・ランダムハウスが選ぶ「英語で書かれた20世紀最高の小説ベスト100」の堂々第2位に選ばれています(1位はジェイムズ・ジョイスの『ユリシーズ』)。その魅力の秘密はどこにあるのでしょうか――。本を書きたい、小説を書きたいと志すあなたならば、それを探らない手はありません。

時代に愛され、そのなかで滅びていくということ

しかし、どこからともなく飄然と立ち現れた青年が、ロング・アイランド海峡に臨む大邸宅を買い取るなどということはありえない――すくなくとも田舎育ちの未経験なぼくには信じられないことだった。

(『グレート・ギャツビー』野崎孝訳/新潮社/1989年)

物語の舞台背景は、世界大恐慌が起こる前の狂乱の1920年代。主人公ジェイ・ギャツビーはニューヨーク郊外の大邸宅に住み、週末ごとに出入り自由の豪勢なパーティを催す謎の人物でした。世は禁酒法時代。いかがわしさも一入です。語り手のニックは、思わぬ縁からギャツビーと交流をもつようになり、彼が胸に秘めた執念のごとき想いを知ることになります。証券会社に勤め有産階級に批判的なニックの眼。その眼が、毎夜浮かれ騒ぐ人々に注がれ、やがて、ギャツビーがそうした周囲の人々とは異質であることに気づいていきます。

「あいつらはくだらんやつですよ」芝生ごしにぼくは叫んだ「あんたには、あいつらをみんないっしょにしただけの値打ちがある」

(同上)

ニックのこの言葉に、ギャツビーは眩しい笑顔を見せます。これは、本書で最も切ないシーンのひとつかもしれません。『グレート・ギャツビー』は一種の悲劇です。けれど、シェイクスピアやギリシア悲劇のように、人間の暗さを見せつける絶望的な悲劇ではありません。『グレート・ギャツビー』において、死は多分に象徴的です。ひとつの死は、どこまでも哀れで無益です。そして、もうひとつの死はどこか救いを思わせます。何かが消え死に絶えても、人は容易に心を入れ替えたり生活を変えたりすることはできません。限りない虚無が覗き、越え跨ぐことができないかのように……。果たしてそれは、狂乱の時代であったがゆえなのか、それとも人間の普遍の性(さが)がなせるものなのか――。

人間とは「美しいもの」を探す動物である

『グレート・ギャツビー』には、物語の真意と人の心の深淵を読み解くヒントになるような一節があります。それはニックの父が息子に贈った言葉でした。

僕がまだ年若く、いまよりもっと傷つきやすい心を持っていた時分に、父がある忠告を与えてくれたけれど、爾来ぼくは、その忠告を、心の中でくりかえし反芻してきた。「ひとを批判したいような気持が起きた場合にはだな」と、父は言うのである。「この世の中の人がみんなおまえと同じように恵まれているわけではないということを、ちょっと思いだしてみるのだ」

(同上)

自身が「恵まれている」と考えられる人間の状態とは、どういうものなのでしょうか。あらゆる面で満たされている、ということでしょうか。それとも、自分が満たされていると信じられる心理状態にある、ということなのでしょうか。ニックの父が語る「恵まれている」は、少なくとも他者との比較の上で得られる優越感などではないはずです。また、富のあるなしでも学歴の高低でもないはずです。「おまえは恵まれている」と父に諭されたニックは、最後まで夢を見つづけたギャツビーに何を見たのでしょうか――その答えが、作家になりたいあなたに、『グレート・ギャツビー』の普遍的な価値と訴求力の秘密を教えてくれるでしょう。
未読の方はぜひ一度手に取っていただいて、自室の書棚で埃をかぶらせている方は、この夏の一冊として再読してみてはいかがでしょう。

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