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小説のなかに息づく民俗学

2020年01月31日 【小説を書く】

新たな小説世界を拓く「民俗学的視点」

「民俗学」とは、風俗や習慣、生活様式などの歴史を遡って研究する学問のこと。――とここで、全然ピンとこない、現代の一般人には関係ないでしょ……などと思ってはいけません。ある意味、人間は誰しも連綿とつづいてきた民俗学的DNAをもっています。もしくは、現世の人間の精神を見極めるべく、習俗や文化や信仰の根を、遠い過去にまで辿っていったところに生まれてきたのが民俗学だった、というべきかもしれません。ともかく、それは作家になりたい者であればしかと心すべきことです。なぜって、民話や伝承を単にむかし話と捉えただけでは、たとえそれらを下敷きに描いたとても、物語は過去や未来という「時」を超えた時代への広がりや深さをもち得ないから。

小説とは、さまざまなテーマを内包する書き手独自の世界観を映し出すもの。つまり、日本人が日本人として小説を書くなら、そこには何らかの民俗学的な因子が存在しているはず。いや、そうなることが必定であるからこそ、確たるバックボーンとしての民俗学への見識が求められるわけなのです。民俗学的な世界だからといって、むかし話風の舞台を用意する必要はありません。確かな民俗学的視点や考察をもって現代社会の物語を構想すれば、まったく新しい世界が立ち現われてくるかもしれません。いずれにせよ、その一歩を踏み出すためには、小説のなかの民俗学に触れてみないことにははじまらないでしょう。

民俗学の聖地に魅せられた男

『月山』と題された比類ない小説を世に送り出した作家の森敦は、1912年(明治45年)、長崎市に生まれています。10代から文学を志し、22歳で処女作『酩酊舟(よいどれぶね)』を新聞紙上に発表。その勢いのまま太宰治、壇一雄、中原中也らが参加した同人誌創刊に関わりますが、結局作品を発表することもなく、その後じつに30年ものあいだ各地を放浪し、とりわけ長く住んだ山形・庄内地方を舞台とした『月山』で芥川賞を受賞したときには早62歳になっていました。ちなみにこの最高齢受賞記録は、2013年に黒田夏子が75歳で受賞するまで39年間ものあいだ破られることはありませんでした。荘内の地と麓から望む霊峰・出羽三山に魅せられた森敦の『月山』、この作品こそ、民俗学探究のあてどない旅のなかから生まれた小説なのです。

ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした。そのときは、折からの豪雪で、危うく行き倒れになるところを助けられ、辛くも目指す渓谷に辿りついたのですが、彼方に白く輝くまどかな山があり、この世ならぬ月の出を目のあたりにしたようで、かえってこれがあの月山だとは気さえつかずにいたのです。

(森敦『月山』より/『月山・鳥海山』所収/文藝春秋/1979年)

『月山』は、荘内を転々と暮らした森が知己の住職の紹介で、出羽三山のひとつ、湯殿山の注連寺という古寺に身を寄せたひと冬の経験に基づいて描かれています。上掲したのは、物語全体におよぶ重要なモチーフを含んで暗示的な導入の一文。山間の小さな集落に辿り着いた主人公が、吹雪のなかで行き倒れになりかけた話をすると、みな口々によくミイラにされなかったなあなどと言います。何かの冗談のように聞いていた主人公ですが、それは冗談どころか正真正銘の事実。その村では、行き倒れた「やっこ(乞食)」を寺の即身仏にする“模造ミイラづくり”に暗黙の了解があったのです。さらには酒の密造が横行し、男らは身代を傾けるほど博打にのめり込み、老人も若い女も酒宴に集い、妖しい性の気配が立ち込め……という具合に、村人たちは世俗にまみれきっているようでいてそれともまた違い、どこか常人離れしています。彼らはあちらへ行けばあちら、こちらに来ればこちらと、主人公の前に幾度も現れ、まるで幻想物語の配役を演じているかのように見えるのです。

土地と因習に縛られた集落の物語というと、深沢七郎の『楢山節考』に通じるものもありますが、『月山』では、『楢山節考』に見られる暗さや土着の人間のしぶとさは描かれず、むしろ人の体温を感じさせない厳かな空気が醸し出されています。それはまさに冒頭の一文に暗示されているよう。気づかず、目にすることがなくとも、物語世界の背後に常に月山が聳え立ち、そこから吹き降ろす冷涼な風が麓の村々を包み込んでいることによります。別名「死の山」と呼ばれる月山が、この世ならぬ世界を見せるように編まれていく『月山』。物語の主役はあくまで月山であり、主人公は不思議な力でこの地に引き寄せられた余所者の傍観者なのでした。

自然信仰の世界に「生」と「死」の真理を探る

月山が、古来、死者の行くあの世の山とされていたのも、死こそはわたしたちにとってまさにあるべき唯一のものでありながら、そのいかなるものかを覗わせようとせず、ひとたび覗えば語ることを許さぬ、死のたくらみめいたものを感じさせるためかもしれません。

(同上)

森敦『月山』には、土地に根深い風習や閉鎖的な人の営みが描かれています。しかし、何よりも重要なのは、信仰の本源があることでしょう。すなわち、自然崇拝、自然信仰です。冬が来てひとたび雪に閉ざされれば、村人たちは月山の「死のたくらみ」に操られるかのように生者から死者となります。余所者の主人公は、彼らが魑魅魍魎のごとく跋扈する死の世界を見せつけられ、隔絶の深い眠りをもたらされるかのように、寒さしのぎにと自ら祈祷簿の和紙でつくった繭を思わせる寝床で眠るのです。

まるで石が温もりを持つように雪をくぼませて、その底から丸い頭をのぞかせているところもあれば、すでに雪を解かして乾いた土を見せているところもあって、鬼アザミが咲いている。(中略)わたしは息をのんで、しばらくはこうして春を生みなして来たものが、おのれであるとも見せず、雪の山々の彼方に、臥した牛のような姿でなお月山が皓々と聳えているのに気もつかなかったのです。

(同上)

しかして、春が来ると月山の麓の世界は一変します。あたかも山の呪縛が解けたかのように、村人たちは純真な笑顔を見せさえします。主人公を閉じ込めていた雪も解け、道は通り、あっけなく旅立ちのときが来ます。自然の理(ことわり)とは、かようにシンプルで明快であるのだと思わずにいられません。

風俗も習慣も、物語も歌謡も、そして信仰も、元来、自然と共生する暮らしのなかから生まれてきました。それは人間の、自分たちも自然の一部であるという認識と、自然への畏敬の証であったのです。本を書きたい、作家として身を立てたいと希う(こいねがう)者であっても、しばしばこの真実を忘れてはいないでしょうか。AIが楽曲をつくり小説を楽々書く時代。それと同様に、生身の人間までもが機械学習の産物のようにパターンナイズされた方法論を追っていないでしょうか。ハイテク化が目にもとまらぬ早さで進歩を遂げていく文明社会。我々が立ち戻るべきは、民俗学の根に現れる「人間性」――なのかもしれません。

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