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童話を書くために欠かせない“おとな思想”

2016年08月24日 【絵本・童話を書く】

理解せずとも“寓意”に触れる子どもの感性

童話作家になりたい! と思っているあなた、ちょっと考えてみてください。童話や絵本を、子ども向けの作品だからといって、ただただ子どもに合わせて“やさしく”書けばいいと思うのは、もしかしたらおとな側の完全な誤解なのかもしれません。ご存じのとおり、童話やむかし話というのは、しばしば“寓意”を内包しているものです。子に読み聞かせていながら、この寓意に深々と胸を突かれ、思わず涙してしまったという親御さんも少なくないでしょう。もちろん、幼い子どもと同じ目線で描いた幼児向けのやさしいお話、という童話もたくさんあります。けれどもそうした作品ばかりでないのは、子どもというものが、理屈はわからなくとも童話や絵本がもつ本質的な力を敏感に察することができる――と考えられているからなのです。つまり、子どもでも理解できる平易な表現のなかに、人の心の深みに触れるテーマを意識的にしのばせておくことは、良質な童話・絵本を書くためのひとつの条件といえるのかもしれません。

超ロングセラーの童話に隠された秘密

童話作家・エッセイストの佐野洋子が描いた『100万回生きたねこ』(講談社/1977年)という絵本があります。出版後40年近くを経ても売れつづけ200万部を超えるセールスを記録する作品なので、ご存じの方も多いことでしょう。じつは絵本というジャンルでは、通算100万部超えのロングセラーもそこそこ存在するのですが、『いないいないばあ』とか『ぐりとぐら』とか『ノンタンシリーズ』といったミリオンセラー群のなかにあって、『100万回生きたねこ』ははっきりと異彩を放ちます。まず、ふてぶてしい面構えの主人公。動物が主人公の絵本といえば、かわいい、忠実、いたいけ、ユーモラス……といったキャラクター設定が思いっきり主流であった童話界において、幾度も生き返って、死ぬときも哀れさがなく、飼い主すべてを嫌った「ねこ」の登場は、ある意味衝撃的ともいえました。さらには、幼児向けのこの作品において作者の佐野洋子は、なんと“生”と“愛”の意味を掘り下げて見せたのでした。

100万年も しなない ねこが いました。
100万回も しんで 100万回も 生きたのです。
りっぱな とらねこでした。
100万人の 人が そのねこを かわいがり
100万人の人が そのねこが しんだとき なきました。

あるとき ねこは 王さまの ねこでした。
ねこは 王さまなんか きらいでした。
王さまは せんそうが じょうずで いつも せんそうを していました。

あるとき ねこは ひとりぼっちの おばあさんの ねこでした。
ねこは おばあさんなんか だいきらいでした。
おばあさんは 毎日 ねこをだいて 小さなまどから 外を 見ていました。
ねこは 一日じゅう おばあさんの ひざの上で ねむっていました。
やがて ねこは 年をとって しにました。
よぼよぼの おばあさんは よぼよぼの しんだねこを だいて
一日じゅう なきました。

童話のなかにある人間世界と人生

「ねこ」を通して、戦争や圧政が見えてきます。また、変哲のない営為を繰り返して死んでいくだけの卑小な人間存在が映し出されています。そうした世界のことごとくに心を閉ざし、人間を嫌悪していた「ねこ」は、あるとき甦った生で、初めて誰の飼い猫でもない自由を得ます。野良猫たちは彼に魅せられますが、取り巻きにヨイショされても、メス猫にチヤホヤされても、どこまでもシニカルな「ねこ」。そんな「ねこ」が1匹の美しい白猫に出会います。自分に見向きもしない白猫に惹かれ、100万年の生涯で初めて愛することを知った「ねこ」。しかし、人生には、喜びと背中合わせに悲しみや苦しみが逃れようもなくあることを、作者は描いていくのです。

ある日 白いねこは ねこの となりで しずかに うごかなく なっていました。
ねこは はじめて なきました。 夜になって 朝になって
また夜になって 朝になって ねこは100万回も 
なきました。
朝になって 夜になって ある日の お昼に ねこは
なきやみました。
ねこは 白いねこの となりで しずかに うごかなくなりました。
ねこは もう けっして 生きかえりませんでした。

子どもが胸に抱きつづける童話を書こう

100万回生きながら、愛を知り幸福と別離の悲しみを知った生を最後に、二度と生きかえることはなかった「ねこ」――。この作品を読んで“どうしてねこはもう生きかえらなかったの?”と、おとなに問う子どももいることでしょう。しかし、おとながその理由を子どもが理解できるように説明することは、不可能かもしれません。であれば、さあどうしてだろうねと、「ねこ」の最後の生が、ほかの生とはどのように違っていたのか、そこを考えるよう導くことで、子どもはいずれ自分なりの答えを見つけ出していくのでしょう。“考えること”は“心に刻むこと”です。子どもが成長しおとなになったときに、おとなの思想を宿した童話は、その心のなかに鮮やかに甦ってくるはずです。

さて、絵本を出版したいあなた。童話作家や絵本作家になるには、“おとな思想”――この意外とも思われるキー・センテンスをしっかりと頭に入れておくと、いずれ大家と呼ばれる日が訪れるかもしれません。

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