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ミヒャエル・エンデに学ぶ寓話がもつべきメッセージ性

2020年04月02日 【絵本・童話を書く】

「メッセージ」の本質と寓話の流儀

いまの時代、世の中にはいろいろなものが氾濫しています。「メッセージ」もそのひとつ。歌謡曲も広告コピーも、なんだか誰も彼もがメッセージを発したがっているように思えてなりません。特に、鼓舞する系、応援する系、励まし系、目を覚ませ系。けれど、これらのメッセージが発信者の思いを伝えて雄弁であるかというと、空まわりしていたり受け手と温度差が激しかったりと、たいていは心許なく感じてしまうものです。

確かに、社会では殺伐としたできごとがあいつぎ、地球温暖化といった環境問題もあいまって、世界状況は年々深刻化の度合いを増しているのですから、人々がこぞって警鐘を鳴らしたがるのも、わかります。声を大にして叫び訴えたい気もちも、よくわかります。しかし、その思いを発信する際には、少し考える必要がありそうです。絵本を読む年ごろの子どもに、直截的な表現で命の大切さを訴えて染みるでしょうか。ヤンチャが過ぎる少年に、理路整然と行動の非を説いて目が覚めるでしょうか。「ファイト!」のひと言で、死んだ魚の目をしたサラリーマンに熱き魂を蘇らせることができるでしょうか。社会に向けたメッセージに必要なエッセンスとは、いったい何なのでしょう?

作家になりたい、メッセージを発したいという人の媒介手段として、絵本や童話は多数派のジャンルといえます。そして、絵本や童話を書くときにはしばしば「寓意」というものが意識されます。寓意とは「何かにかこつけて、それとなくある意をほのめかすこと(大辞林 第三版)」。それを意識すると、おのずと作品はメッセージ性をまとうことになるわけです。ところがこのメッセージ性の前には、かなり巧妙な落とし穴が掘られているのです。その代表格は、やはり先にも書いた直截すぎるメッセージ。例えば、母親の子に対する愛を「ママは○○ちゃんがいちばんたいせつなの!」とそのまま言わせてしまったりすると、確かにメッセージの読み間違えは起きようもありませんが、「物語」としてはいかにも興醒めです。ついで副代表は、メッセージに落着する流れそのものをストーリーの軸としているケース。例えば、海洋汚染の深刻さについて訴えたいと、ウミガメがプラスティックゴミを飲み込み死に果てるまでの一部始終を書く――という具合です。こうした危機的事実の伝達はもちろん重要です。しかし、事実を事実として描くのは、「寓話」の役どころではないのです。言い換えるならば、寓話には寓話の流儀があるのです。

上質なメッセージを形づくるのは「アイデア」以外にない

何度も言いますが、寓話の「メッセージ」は、断じてストレートに書いてはいけません。いやいや明快でストレートに伝えたほうがどんな人にも届くよ――などと思うのならば標語でも書いていればよいのです。何もわざわざ物語に仕立てあげる必要はないのです。寓話のあるべき姿とは、むしろ“この作品は何を伝えているのだろう?”と、読み手にその意を考え汲みとらせること。この一連の思考的体験が、寓話に限らず「物語」というものを読む最大の楽しみなのです。物語のメッセージ性に、メガホンで声を張りあげるような泥臭さはお呼びではありません。もっともっとスマートであるべきです。そして、そのスマートさを確立するのに重要なのが「アイデア」なのです。

彼らは人間の時間をぬすんで生きている。しかしこの時間は、ほんとうの持ち主からきりはなされると、文字どおり死んでしまう。人間はひとりひとりがそれぞれじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。

(ミヒャエル・エンデ作・大島かおり訳『モモ』岩波書店/1976年)

『はてしない物語』で一躍脚光を浴びたドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデですが、彼がそもそも注目されるきっかけとなった作品は『モモ』でした。甘言を弄し人々から「時間」を盗む時間泥棒から、不思議な力をもつ少女モモが仲間たちと協力し、盗まれた時間を取り返すというストーリーは、時間は無為に過ごせばただ過ぎるだけ、かけがえなく大切なものなのだと気づかせてくれます。が、エンデは「時間とは大切なものなんだよ」などとはひと言も発していません。「時間泥棒」「時間貯蓄銀行」という絶妙なアイデアによって、ただ時間を盗まれたあとの人々の姿を描いたのです。

忘れてはいないだろうか「メッセージ」の普遍性

「とっても長い道路をうけもつことがあるんだ。おっそろしく長くて、これじゃとてもやりきれない、こう思ってしまう。」
(中略)
「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな? つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」
またひと休みして、考えこみ、それから、
「するとたのしくなってくる。これがだいじなんだな。たのしければ、仕事がうまくはかどる。こういうふうにやらにゃあだめなんだ。」

(同上)

寓話の寓意は、ひとつではないことも覚えておきたいところです。単色ではない、といったほうがわかりやすいでしょうか。上質なメッセージには、多彩な色合いや細やかな示唆があり、奥行きと広がりをもって、読み手のさまざまな想像を呼び起こします。エンデが貨幣経済社会の弊害を説いていたことはよく知られています。『モモ』では、「時間」を銀行に預けると利子を生むとする設定から、「時間」と「貨幣」を等価的に描こうとしたエンデの構想が窺えます。その上で、上掲の道路掃除夫ベッポの言葉を味わうと、「時間」というものが、使いようによっていかに無為に終わるか、いやそれどころか、厄介な問題さえ引き起こしかねないものであると、読者は思い至るのです。

「時は金なり(Time is money)」という言葉を生んだアメリカ合衆国建国の父ベンジャミン・フランクリン。『モモ』の発表から50年近くが過ぎたいま、時間のみならず、貨幣のみならず、無駄にして無為に消費されてしまっている“もの”はさらに多いことでしょう。『モモ』のメッセージはそれらをも網羅して、人間の本質、世の習いを時代を超えて捉えています。それこそは真の寓話がもつべきメッセージの普遍性。絵本を描く前、童話を書く前に、心に留めておきたい勘所です。寓話とは超高次の思想を、どんな受け取り手にも、わかりやすく、染み渡りやすく、押し広げて展開して見せてくれる手法のひとつといえるのでしょう。

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